12  §9§の小箱

 王子は、朝になると大急ぎで魔女の家を出て行った。

「本当に勘弁してくれよ。年末は忙しいんだぞ」


 すると、安楽椅子の上に王子は金の冠を置いたままではないか。

「待って、待って。忘れ物」

 魔女は、うまやに向かう王子を追いかけた。

 ちなみにうまやは、まだ、その形を保っている。やはり不可思議な力がはたらいているのだろう。


「あぁ。それ、忘れたら大変だったね」

 王子は銀狐ぎんぎつねの毛皮の帽子の上に冠をかぶると、ふぁさぁ、と駿馬クリームブリュレに騎乗した。

 そして、「今週は定時に帰れないかも。夕飯は待たずに食べておけ」と、ぱからぱからと駆けて行った。


「……し、新婚さんですか」

 魔女は一瞬、鼻血が出そうになった。

 暖炉前の安楽椅子に戻ると、暖炉の火の精霊サラマンデルが冷やかしてきた。

『オアツイ熱いデンナァ』

「――消されたいか」

 魔女は太い薪をつかむと、ぐりぐりと暖炉の火に押し込んだ。


 今日、夜明け前に§8§の小箱は開けたから、王子が来るとしても明日だろう。


 それにしてもアドベントカレンダーの§24§の小箱を、王子に箱質はこじち(魔女用語)に取られたのは、つくづく不覚だった。


 

§12の月ディケム9日§


 今日、魔女の寝起きは、そこそこだった。


(久しぶりにミッチノエッキへ出かけよう)

 王子が来ることなど無視する。

(だいたい、時間を言わないで来るなんて迷惑千万なんだよっ)


 王子のせいで食料の貯蔵が目に見えて減ってしまったから、補充したい。

「ちょうど、お馬さんもいるし」


 城から(ジャックが)連れて来た馬がうまやにいた。この馬に乗って行けば買い出しも楽々だ。

 魔女は馬に乗ったことがなかったが、いにしえの魔女はほうきすら乗りこなしていたのだ。乗れないはずはない。多少、おっかなびっくりであろうとも。



「あんれ。どこのじょっちゃまかと思うたら、魔女さまじゃんね」

 魔女がミッチノエッキに着いて開口一番、取りまとめ役の男に言われたことである。


(しまった)

 魔女は青ざめた。10代の少女の可憐さを際立たせるドレスを着たままだった。


 取りまとめ役は、のんびりと笑った。「降誕の月であります。いちを盛り上げていきまっしょい」

 彼は、角のあるトナカイの頭巾をかぶっていた。

 立ち働いている者の中には、ウサギや天使がいた。

「そうそう。これ! 仮装だからっ」

 魔女は相づちを打った。 


「それで? 魔女さまのブレンドスパイスは、まだ納品の時期ではありませんが?」

 取りまとめ役は、この時期、魔女が現れたことに違和感を感じたようだ。

「例年なら、おうちで冬ごもり中では?」


「だったんだけどねぇ。食料が底をつきそうで補充に来た」

「わしらの納品が待てなかったんですね」

「そゆこと」

 魔女は生活必需品および食料の調達を、このミッチノエッキの定期宅配でまかなっている。ここは近くの生産者が、作物や工芸品を売りに来る市なのだ。


「魔女さま⁉」

 台車に商品を並べていた、白いボンネットのおばさんが魔女を二度見した。


「降誕の月の仮装ですっ」

 これで通す。

「なるほどっ」

 おばさんは納得して、すぐに陽気な世間話になった。

「昨日も、アドベントカレンダーに入っていたクッキーって、ここのですよねって、訪ねてくれたお客さまがいてね~。魔女さまの宣伝効果は抜群だよっ」


 実は魔女のアドベントカレンダーには、このいちの商品を多く仕込んでいる。

「そりゃ、よかった。スティラおばさんの焼き菓子は本当においしいから」


 それをとなりで聞いていた海産物屋がぼやいた。

「いいなぁ。なんで、うちの商品はアドベントカレンダーに入れてくれないんだい」

「おじさんのところの商品はねぇ。検討中だよ」

 魔女は当たりさわりのない返答をした。

 アドベントカレンダーに干物やなんかは、ちょっとちがうかなと思うのだ。店頭に並べたら猫、来そうだし。


「これ、新商品だから検討してよ」

 おじさんは、麻の小袋に入れた何かを魔女に渡してきた。

「わかった」

 魔女は麻の小袋を受け取ると、持参した環境に配慮した再利用可能なバッグエコアミーカリユーザブルサクルムに投げ込んだ。


「おい」

 魔女が、ぶしつけに呼び止められたのは、そのときだ。

「あそこの馬は、おまえの馬か」

 役人の制服を着た男だった。

 いちの馬留めに留めてある魔女の乗って来た馬を、指さした。

「そうで――」

 ガチャン。言い終わらない内に、「捕縛」と、まず右手首に手錠をかけられた。

「えっ」

 ガチャン。続いて、左手首も手錠をはめられた。

「えっ? えぇ」

 魔女が目を白黒させると、役人は「おとなしくお縄につけ」と、すごんできた。

「王家所有の馬が盗まれたと通達があってな。あの馬は王家の紋章の焼き印が腹にあった。申し開きは署で聞こう」 

「はい……」

 魔女はしおらしく、うつむいた。

 だが、いちの外へ出たとたん、役人に体当たり。すっころばして駆け出した。


 ゲロ! と、魔女の血がざわめいたのだ。本能が。

 かつて魔女狩りで命を落とした者たちの記憶が。

 魔女に暴走を余儀なくした。



(ハァハァハァ)

 ひとしきり街道から外れたところを走って、魔女は森の中の陽だまりで息をついた。

 事をやっかいにしてしまった自覚はあった。

 両手は鉄製の鎖のついた手錠で拘束されたまま。

 右腕には、環境に配慮した再利用可能なバッグエコアミーカリユーザブルサクルムをかけたままだ。

 魔女は両腕を振り回して、バックの中のものを出そうともがいた。努力の甲斐あって、多少、へしゃげた藁色わらいろの小箱が転がり出た。

 §9§の小箱だ。

 魔女は出先で開けようと持ち出していたのだ。


(今、開ければ、おそらく、何か助けになるものが出るはず)


 両手の拘束がもどかしい。魔女は小箱に両手を振り下ろした。とたん。

 ひぅるるるるるっ。

 白煙をあげて花火が空高くあがった。


「おや、誰か助けを求めておる~」

 その救難信号を認めた者がいた。

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