第1話-③

「は?」

 躊躇いがちにウェンディが言うと、ディムがティーカップを持ったまま目を見開いた。

「あっ、ごめんなさい、やっぱり敬語……」

「いや、違う。そこじゃない」

 訂正しようとしたウェンディを、ディムが慌てて止める。

「召喚状? なんだそれは」

「「え?」」

 ウェンディとオズワルドは同時に声を上げた。

「なんで、って、お前、国から呼ばれてんのにそれを無視してんだろ?」

 そう。二人が彼を訪ねた目的はそれだ。

 卒業後、オズワルドは軍に入隊。ウェンディは治癒術を学ぶために病院に就職した。そんな二人が、生涯入ることがないと思っていた城から登城要請を受けた。何事だと自分たちも周囲も戦々恐々としていたら、出てきたのはディムの所在についてだった。

 曰く、

「幾度も召喚状を出しているにも関わらず、一切の応答がない。宮廷魔術師の魔法でクィエルにいることはわかったが、詳細は掴めていない。そこで、学生時代に強い縁で結ばれたそなたたちを派遣し、王城への来訪を直接呼びかけたい」

 とのことだった。

 この世界では、縁が時として魔法を凌駕する力を持つ。

 それは生き別れた親兄弟の再会の手助けをし、失われそうになった自らのルーツを知る手掛かりとなる。

 学生時代、ウェンディとオズワルドは共にディムへの干渉が強かった。これが強い縁となり、魔法でも追えなかったディムの居場所を突き止めてほしいという。探し人の行方を示す魔法石が組み込まれた方位磁石も借り受け、二人は取るものもとりあえず、北のクィエルを目指して旅立ったのだ。

「あー……」

 一連の話を聞いたディムは、呻き声を上げながら頭を抱える。

「ん、わかった」

「じゃあ……!」

「こちらから返事を出しておく。今日はもう遅いからここに泊まっていけ」

「いいのか!?」

 オズワルドが目を輝かせる。

「王都から遠路はるばる来たんだ。学生時代の友人を追い出すほど俺だって鬼じゃない。ついでに数日くらいここで休んでいけ。こんだけ遠かったら数日なんて誤差だ」

「い、いいの……?」

 ウェンディが不安げに訊ねる。ただでさえ召喚状を無視しているのだ。一刻も早く王都へ向かった方がいいのではないだろうか。

「いい。……というか、仕事が立て込んでいて、すぐに出立っていうのは無理だ。準備が整い次第出発するから、それまでここにいるリュミスに色々と聞いてくれ」

 そう言ってディムは後ろに控えている赤髪の侍女を振り仰いだ。

「いいか、リュミス?」

「はい」

「じゃあよろしく」

「はい」

 頷いた侍女――リュミスは、ウェンディとオズワルドに向けて微笑んだ。

「では、客室までご案内いたします。付いてきてください」

「あ……」

 ウェンディは腰を上げようとして、ディムとリュミスを交互に見やる。

「も、もう少し……」

「悪いが、まだ仕事が残っているんだ」

 ディムは手で書類の山を作ってみせた。

「夕食の時に少し時間が取れる。その時に話してくれ」

「……わかった」

 ウェンディは渋々頷くと、オズワルドと共に応接室を出ていった。

 三人分の足音が完全に消えたのを見計らって、ディムは深いため息をついた。

「…………クソどもが」

 低い低い呪詛のような呟きは、分厚い石の壁に吸い込まれていった。


 案内された客室は広く、防寒のため石で囲われていると思えないくらい暖かい色に溢れていた。

「ふわぁ……!」

「なにかご入用でしたら、遠慮なくお申し付けください」

「はい……」

 呆然としたまま返事をし、ウェンディは客室と呼ばれた空間を凝視する。

 壁は一面、色とりどりの糸で織られたタペストリーで覆われていた。赤々と燃える暖炉の上には火の守り神である不死鳥フェニーが描かれ、その反対側には夜と月を司る女神ルミナリの紋章が織られたものがかけられている。ルミナリの紋章はクィエル領主の紋章でもあったのだが、ウェンディにそこまでの知識はなかった。

 必要な家具はせいぜいベッドとサイドテーブルくらいなのに、なぜか四人掛けのテーブルと椅子のセットが部屋の中央に鎮座している。長期滞在者のためのクローゼットも、ウェンディが知っているものの三倍の大きさだ。

 いくら男女の配慮があったとしても、これが個室だと言われたら尻込みしてしまう。

 足の長い絨毯は、分厚いブーツ越しでもわかるくらいふわふわのふかふか。これ幅一メートルでいくらするのだろうか、と平民根性が顔を出す。

 おそるおそる触ってみると、手が埋もれるくらい毛足が長く、暖かかった。

「ふわああぁ……!」

 驚嘆の声を漏らしながら、そのまま猫や犬を撫でるように絨毯を撫でまわす。

 すごい。雪国ではこんなに高そうな絨毯を踏んで暮らしているのか。

 もちろん、領主の屋敷だから用意されているのであって、普通の民家にここまでのものは備わっていないだろう。だが、板張りか石畳の床しか知らないウェンディにとって、これは強烈なカルチャーショックだった。

 誰も見ていないのをいいことにひとしきり撫でまわし、王都では真冬にしか使われない暖炉の炎をじっと見たり、タペストリーの柄の意味を考えたり……。

 一言で言えば、さっそく異文化を満喫していたのだ。

 もっとも、ウェンディたちの目的は果たされたので、あとはディムが書状を見つけるなり返事をしたためるまで待つだけである。

 それが早ければ明日、長くても三日くらいだろう。

 その間の時間の潰し方を、ウェンディは知らない。

 できれば医療の勉強がしたいが、客人にそれをさせるのは領主のプライドが許さないだろう。教本も持ってきているが、それだけでは三日も持たない。かといってこのままのんびりできるほどウェンディも肝が据わっていない。

 夕食時に時間が取れるというから、その時に何かできないか頼んでみよう。

「……あれ?」

 そこでふと気づいた。

 さらりと流してしまったが、そもそも貴族や領主は、自分たちと同じ地位に立つ者としか食事をしないはず。

 客人と言っても、ウェンディもオズワルドも平民なのだ。頭の中の知識と現実が一致しない。

(聞き間違い……だよね、うん)

 そう自分に言い聞かせて、ひとまず呼ばれるまで部屋の隅々を探索した。

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