呪い除け

 待ち合わせ場所でリオくんを待つ。


 ズキズキ、頭が痛む。

 最近、こんなのばかりだ。体は重くて、集中できない。

 せっかくリオくんからリクワイタルを教えてもらって、まともに使えるようになったのに。一方的にやめるって言っちゃって……。


 魔法を使う時間が一番集中しやすい時間だったし、リオくんといるのもなんだか安心できたから。


 でも、先生にやめろと言われても続けていることを知られたらと思うと怖いし。


 だから、自分勝手なやつだと思われても仕方がないと思ってた。


 リオくんは受け入れてくれた。それどころか、あんな荒唐無稽な話も、信じてくれた。


 馬車の事故があってから私には3人分の記憶がごちゃまぜにあって、どれが本当の私か、信じきれなくて。ずっと抱え込んでた。


 あの人の冒険者としての記憶。ダンジョンで追い詰められて、それで――死ぬ記憶。

 ダンジョンにいた悪魔の記憶。それから家庭教師になって私を指導する記憶。


 私の記憶。


 馬車の事故で――死んだ私の。


 あの人が何を考えていたか、おぼろげだけど、動かない私を見て、どうにか助けようとしてくれて、それで。


『私の命をあげよう』


 それでこうなったんだと、思う。


 体だって私だし、だから私はドールとして生きることにした。一番、覚えている記憶が少ないのがドールだったけれど。


 私は本当はどれなのか、それともどれでもないのか、そんな曖昧な不安と、現実感のなさで、ぼーっとすることが多かった。


『キミはドールだ』


 真っ直ぐ肯定してくれたリオくんの顔が、頭に浮かんでくる。


 言葉遣いはぶっきらぼうで、魔法以外のことはあんまり興味なさそうなのに。不思議と言葉は全部優しい。


「待たせた」


 紙袋を持ってリオくんが現れた。

 顔を見ると、なぜか胸が跳ね上がるみたいにドキリとした。


「ま、待ってない。ごめんね、迷惑ばかりかけて」


 魔法を教えてもらって、私の秘密を受け入れてもらって、助けてもらってばかりだ。


「気にするな。それよりこれだ」


 紙袋から中身を出す。


 ぬいぐるみ、みたいだった。箱型の胴体に丸い顔。三角形の耳がついている。


「黒猫?」


 私の言葉に、リオくんはなぜか微妙そうな顔をした。


「……黒猫にしよう」


 あ、黒猫じゃないんだ。


「本当はなんだったの」

「いや。気にしなくていい。呪術的な意味が入れば黒猫でもいい。効果が強化されるからな。黒は様々なものを吸収する。ドールさんの嫌なものも、だ。黒猫にも邪気を払う意味合いがあったりするしな。うん、紐づいて修正力が働けばいい」


 説明しつつも、不満げにぬいぐるみを見る。

 気にしてる……っぽいよね。


「本来のモチーフを伝えても修正力の妨げになる。最初の印象が大事だ。オレも黒猫のほうが良い。失敗感が薄れる」

「リオくんでも失敗するんだね」

「当たり前だ。しなければ改良できない」


 なんでもできるように見えるけど。


「……丸顔がいけなかったか」


 難しい顔をしてぬいぐるみを睨むリオくん。その姿は、普段からは想像できないものだった。


 ――ちょっと嬉しいかも。


「とにかく夜寝るときだけ使って、持ち歩くな」


 紙袋に入れて、それを私に差し出してくる。


「わかった。ありがとう」


 ……大事にしよ。


「それとこれだ」


 リオくんは握った拳を前に出し、それから開く。

 編まれた紐みたいなものが手にあった。


「フィンというらしい。これは手首になるべくつけていてくれ」


 手渡されて、早速手首につける。


「願いを込めて編むものだそうだ。妹から誕生日にもらってな」

「妹さん、いるんだ」

「あぁ、優秀だぞ。それで、それを真似して編んだ」


 ポケットから同じようなものを出して見せてくれる。


「リオくんは手首につけないの」

「あぁ。戦ってる最中に千切れても困るからな」


 大事にしてるんだ。


「交流戦は結界があるから大丈夫だろう。ドールさんは気にせずつけていて良い」

「うん」

「使い方だが、本当にどうしようもない、というときがあったら魔力を全力で込めろ。それで切れれば良い」

「切っちゃうんだ」

「あぁ。お守りらしくてな。切れて効果を発揮するものだ。本来は自然に切れるのを待つらしいがな」

「……それだと妹さんのも、手首につけておいたほうが切れやすくなって良いと思うんだけど」


 リオくんは自分のフィンを見て、それからポケットにしまう。


「……そう言えば、そうだな」

「大事なんだね。妹さんのこと」

「…………かもしれないな」


 目を反らしながら、気まずそうに呟くリオくん。恥ずかしかったりするのだろうか。


「まぁ、妹のフィンはともかく、そっちのフィンは効果を発動させることに意味がある。だから本当に追い詰められたときに、魔力を注げ」

「わかった」


 なんか今日だけでリオくんの知らないこと、結構知れてる気がする。


 でも。


「リオくんは、なんで私にここまでしてくれるの」


 リオくんは首を傾げる。


「なぜだ」

「だって他のクラスだし。ここまでする理由がないというか」

「オレの興味本位だ。やりたいことをやってるだけに過ぎない。なぜドールさんかは……そうだな。妹に似ていたからかもしれない」

「妹さんに?」

「あぁ。今でこそ明るいが、暗い時期があってな。そのときと似ていたから……か?」


 自分でもよくわからないみたいで最後には疑問形になるリオくん。気を取り直すように笑みを浮かべる。


「でもまぁ、グレイアームズを見なければ興味を持たなかっただろうし、に感謝するんだな……どうした?」


 冗談めかして、だけど悪魔という言葉を出すリオくん。


『私の命をあげよう』


 ドールの命を助けてくれた、悪魔。

 世間一般では悪魔は忌むべき存在で、だから、軽々しく悪魔の記憶があります、だなんて言ったらどうなるかわからない。


 私にとって知らないはずの、気持ち悪い記憶だった。


 だからリオくんに言うときは迷ったし、でも不思議とリオくんなら大丈夫かもとも思えたから話せた。


 ――私ですら肯定できなかった記憶なのに。こうやって私を助けてくれた人のこと、肯定する言葉を言ってくれる。


 それがなんだか、嬉しかった。こんな感覚、いつぶりだろう。


「――ありがとう、リオくん。私、リオくんと知り合えて良かった」


 心の底からそう思った。

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