冒険者という道

「もう教えることがありません」


 学習室で、家庭教師兼メイドのアルテッタが告げた。昔から礼儀作法やらも色々とこのアルテッタから習っていたらしい。最近は15歳から入学する学園とやらに必要な知識を教えてもらっていた。


「そうなの? まだあると思うけど」


 アルテッタは首を振る。


「わたくしが教えるのは学園に入るにあたっての事前知識までです。魔法もある程度使えますし、基礎的な知識は完璧です」


 オレは顎に手を当てながらアルテッタを見る。


「あとは実践、経験が大事になってきます。お屋敷でそこまで行うのは難しいです。外出許可も必要でしょうし」

「残念だな。アルテッタの教えは心地が良いからね」


 オレの言葉にアルテッタは首を傾げた。


「心地が良い、ですか」

「うん、教え方は丁寧だし、すごく良かったよ」

「ありがとうございます」


 アルテッタが頭を軽く下げる。後ろにまとめた髪が、わずかに揺れた。


「リオ様。わたくしから質問があるのですが、答えていただけますか」

「オレで答えられるものなら」

「なぜ回復魔法と身体強化魔法に関することを知りたがったのですか」


 基礎的な魔法。教わることのできるその魔法に、回復魔法も身体強化の魔法もない。しかし、オレはアルテッタから基本的なものでいいからとそれらを教わっていた。


「回復魔法は、リーンが怪我をしたときに使えればいいかなって。身体強化に関しては、いざというとき、使えたほうがいいでしょ」


 というのは人間向けの言い訳だ。

 悪魔は魔力による自己再生能力と強力な精神体がある。だが、人間の体は脆弱だ。肉体を修復、強化する術は覚えておかねばならない。


 何より、肉体に関することは悪魔と人間でかなり感覚が違う。慣らしておかなければならないし、己の体を理解することで、本来の力を使えるようにすることにも繋がるだろう。魔法を扱うにおいて身体能力は決して別枠というわけではなく、考慮に入れておかなければならない。身体能力を強化できるのであれば戦略も広がる。


「なるほど。リーン様のためでしたか」

「リーンには内緒だよ」


 オレは人差し指を口に当てて、アルテッタに言う。アルテッタは静かに頭を下げた。


「かしこまりました」


 ふむ。所作も綺麗であるし、必要以上に干渉しようとするわけでもない。実にいいメイドだ。


「でも残りの期間、経験も積めるんならそのほうがいいんだけど」


 貴族の子どもは基本、外出許可を得なければならない。誘拐されて交渉材料にされても困るからだろうな。護衛をつけなければならない。


「リオ様、もうすぐ誕生日でしたね」

「それが?」

「お父様にお願いしてみてはいかがでしょう。冒険者資格を」


 冒険者。

 ダンジョンを攻略したり、素材を集めたり、まあ旅ができる便利屋のようなものだ。ギルドが仕事を集め、それを冒険者に斡旋する。


 資格があれば冒険者として依頼を受けられるのだが、これは金で買える。といっても一番下のDランクだが。


 メリットは試験をパスできることだな。


 まぁ試験をパスすることはオレの望むところではない。


「リオ様の実力であれば、Dランクで十分活動できるでしょう」

「冒険者を知ってるような口ぶりだね」

「えぇ。弟がそうでしたから」


 ふむ。ま、そこらの雑魚に負けるつもりもないし、早めに魔物との戦闘経験を得るのも悪くはないかもしれないな。


 オレは頷いた。


「お父様に言ってみるよ。ありがとうアルテッタ」




 ◇




 オレはその日、リオの父親であるジース・メイザースに呼ばれ、仕事部屋に来ていた。


「楽にしろ」

「は」


 威厳ある態度でジースが言う。オレは姿勢を正すのみで力を抜くことはしなかった。椅子に座っているだけだというのに隙がない。この男は強い。相手が隙を魅せていないのだからこちらも下手に気を抜くわけにはいかない。


 弱さを晒せばナメられる。悪魔の常だ。


 白髪交じりの――といっても元が銀髪なのであまり目立たないのだが――髪をオールバックにし、キチッと整えている。髭はある程度の長さで切り揃えられ、威厳を示す形にしているようだった。


「もうすぐ誕生日だな」

「はい」

「いくつになる?」

「15です」


 この父親が年齢を忘れているということはない。15からは学園という場所に入れられる。魔法だけではなく、剣術や歴史、政治など幅広く物事を学べる機関だ。

 そこに3年通い、将来を決める。というのがメイザース家含む貴族の習わしだ。年齢を聞かれたのはただの確認だ。


「何かほしいものはあるか」


 悪魔に誕生を祝う習慣はないが、人間にはそういうものがある。そして15の誕生日はこの家の息子としていられる最後の日になる。つまり、そこから先は大人の扱いだ。


 ほしいもの、というものが無償で与えられるのは、この誕生日が最後である。あとは己の価値を証明していかなければならない。


「では、冒険者の資格を」


 オレは胸を張って言った。オレの言葉に、ジースの眉が上がる。


「ほう?」


 その瞳に興味の色が浮かんだ。


「冒険者はダンジョンを攻略していると聞きました。研鑽をするのにダンジョンほど良き場所はないかと」


 メイザース家は魔法の名家だ。時には王の護衛を務めることもある。魔法の腕を磨くには実戦が不可欠だ。


「ダンジョンか。ならこちらで手回しはできる」

「今のうちに資格をとっておけば学園の休日に冒険者としての仕事を受けられます。仕事を通して魔物、魔獣の知識を得ることもできます」


 長年ダンジョンが発生した影響で、魔力を持った獣や変異生物が増え、悪魔由来のものを含めて魔物と呼ばれる。もしも軍に所属することになれば討伐対象になるものだ。


 メイザース家は全体的に戦闘能力が高い。ジースも魔物討伐には行っている。つまり、このまま成長すれば戦うことになる可能性も高い。


「個人の自由を得ると言う意味で、冒険者の資格を得たいのです」


 アルテッタに勧められてから考えていた理由をつらつらと話してみると、ジースは納得したようだった。


「いいだろう。冒険者の資格だな。用意しておく」

「いえ、試験を受けさせてもらえればいいです。資格は己の力で取ります。お父様には外出の許可と機会をくださればそれで」

「ふむ」


 ジースは髭を触りつつ、思考に時間をかけた。オレは答えを待つ。


「であれば望み通り許可を出そう。しかし民としてだ。何も支援はしない」


 民として、ということはメイザースの名を出すことは許されない。オレはリオ・メイザースとしてではなく、ただのリオとして動くことになる。馬車は手配されず、支援金も出ない。


「期間は明日よりひと月後の誕生日まで、だ。それまでに冒険者の資格を得たのであれば学園の入学まで外出の自由を許す」


 つまり、1ヶ月で冒険者の資格を得られればあとは学園に関すること以外好き勝手やっていいということだ。


 冒険者ができる、ということは護衛が必要な心配も少ない、という判断だろう。


「ありがとうございます」


 オレは頭を下げる。


「うむ。期待しているぞ、我が息子よ」

「ご期待に添えるよう、励みます」


 ジースは頷いた。


「話は以上だ。下がって良い」

「はっ、失礼します」


 オレはジースの部屋を後にした。


 冒険者。

 様々な依頼を受け、それをこなす、便利屋。資格を得られれば、オレは貴族コースから外れることもできる。


 なんとしても得なければ。


 とはいえ、許可がもらえたのなら資格そのものはあまり難しくないだろうがな。

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