第46話 堕落
…………朝、だ。
寝ぼけ眼で体を起こすといつの間にか入ってきている陽光へと目を向けた。そう言えばカーテン閉め忘れてたな。
欠伸とともに軽く伸びをしてみる。
昨日、渚をエントランスまで送った僕は特に何もしないで自分の部屋へと戻った。
当然部屋のやつらには色々と言われたが黙秘を貫いて、不敵な笑みだけ浮かべておいた。
そしたら勝手に納得してた。
「多分トイレだろ」
まぁな、浮いた話がないからな。そういうふうに思われるのは仕方ない。納得いかないけどね。
林と岡西はそもそも女子と一緒にいたという発想がないらしい。何なら佐田は遊ぶために抜け出した、とでも思っていそうだ。
実際は、渚と一緒にいたんだけどね。まぁ言えるわけもなく。
あの三人からはレクリエーションは中々地獄だったということだけ聞いた。
どうやら詳細は語りたくないらしい。
どんなことしたんだ、一体。
特に岡西のやつれようがこれまた……
まぁいい。とにかく中々きつかった、明日もあるんだったら今度こそ抜ける、と言っていた。
なんだかんだお互い大変だったらしい。
なんとはなしに小さな窓際にある小さな冷蔵庫を開けてみる。
特に買ったものはないが、飲み物だけは配給されている。
緑茶だ。
ペットボトルはなんとなく一番奥のものを選ぶと、机においてあるコップに緑茶を注ぐ。
トクトクといい音が鳴った。
まだ皆は起きておらず、なんとも静かだ。
時間的には8時だから全然早くないのだが、疲れが溜まっていたのだろう。
勢いよくコップの緑茶を飲み干すと、外の景色をスマホでパシャリ。
ううむ、ブレブレだ。
どうなってんだこれ。
よくクラスの陽の人たちがスマホで写真を取っているのを見かけてなんとなく撮ってみたが、あまりにもひどい。
まだ寝起きの三人のほうがよく撮れそうだ。
ポロン
通知?鳴海さんからだ。
――――今日――――
Narumin
〈すいません、勉強したまま値落ちしてました。〉
-8:05
――――――――――
そういえばメッセージを送ってたな。寝てたって……
机の上で寝ている鳴海さん。なんとなく猫のような雰囲気で、目をつぶっているのが想像できる。
心が和む。
――――――――――
春馬
〈そっか、体は大丈夫?〉
-8:06
Narumin
〈強いて言うのであれば痛いですが、大丈夫です。丈夫なので〉
-8:06
――――――――――
少し前までこんなふうに女子とメールを交わし合うなんて思わなかったな。
こんだけのやり取りなのに、好きな人だとこんなに満たされるということも、初めて知ったな。
恋、というものについてあまり考えたことはないが、やっぱりこれが恋なのだろう。
いっそのことこのままメッセージで付き合おうとでも送ってしまおうか。
そう思い、メモ帳に文章を書き綴っていく。
まずは下書きを――――
ちょっと待てよ?
半分ほど文字を打ち込んでから某ラブコメ作品を思い浮かべた。
「メッセージで送るなんて絶対駄目、ちゃんと口で伝えないと。だったっけ……」
ハードルが高いなぁ。
好意を伝えることの重要さは無論僕もわかっているつもりだ。
ただ、こう、面と向かってやれと言われたらできるかどうかの不安が残るような人間なのだ。
って話が逸れたな。
今は鳴海さんのメッセージに回答しないと。
既読無視なんてこと思われてたら嫌だし。
「ええと」
「そうか、なら良かった。こっちは鹿が多すぎて色々と大変だったよ、送信!」
最近知ったことなのだが、僕はメッセージを打ち込むときに言葉を読み上げるタイプらしい。
明と話していたときに驚かれた。
人間じゃないとすら言っていたな。
何いってんだか。
そういうタイプってだけだ。
――――――――――
Narumin
〈楽しそうで何よりです。鹿といえばですがせんべいはあげましたか?〉
-8:08
――――――――――
こういう何気ない会話も大事にしたい。
ちゃんと真摯に向き合いたい。
その後もしばらく鳴海さんと話し続けた。
取った手を離さないように。
※
時刻は少し戻り。
※
寝ぼけ眼で私は重い頭を持ち上げる。
隣で寝ていたやつの起床音か何かに反応したのか、時間はまだ早朝二時前後だ。
大きな欠伸をしてみる。確か、欠伸って起きるために酸素を取り入れる働きなんだっけ。
明日は早いし、できることならこのまま寝ていたいが……
布団の外、さっむ。
耐えられないわけじゃないが、冷たい空気が私の肺に流れてくるのを感じる。
程々の寒さ、こういうのが一番面倒くさい。
気になると寝れなくなるからだ。
ほら、目ぱっちり。
だーから、気にしないで寝りゃよかったのに。
自分の中でそんな声が聞こえた。
よし、気にせず寝よう。どうせ明日には気にしない程度には暖かくなってるだろう。
体をまた寝る体制に戻すと目を瞑る。それと同時に私の耳にすすり泣く声が流れてくる。
布団の中で瞬間的に身構える私、鳴り止まない声。
幽霊?
頭の中を一瞬それがよぎる。
すすり泣きは止む気配がない。
お
「おばけなんてなーいさ、オバケナンテウソサ。ねーぼけたひーとが――――」
風呂場の方から雫が一滴落ちる。
途端に私はこう思うのだ。ああ、怖い話特番なんて見なければよかったと。
布団を頭まで被ると、一度深呼吸。落ち着くには確かこれが効果的だったはず。
何度かして呼吸を整えるとカタツムリのように布団から頭を出した。まずあたりを見回す。
カーテンが揺れて、る?
なるほど窓が空いてるのか、だからこんなに寒い……て誰だよ閉めなかったやつ。
すすり泣きと水の音のせいで変に緊張していた私はおずおずと伸ばした手でそのままカーテンを開ける。
「渚、さん?どうしたんですか?」
そこには意味ありげに外を眺めるナギサさんがいた。
窓を開け、外の地面につかない程度に足を出して。
時折ブラブラと足を揺らしてみせる。
「あれ?明ちゃん、寝れなかったの?」
私の声で我に返ったかのように一度体を跳ねるとそのまま慌てて私に話しかけた。
質問に対して質問で返すのはやめてもらいたいな。まぁ、いい。
キラリと目元が光るのが見えた。
「そうですね、起きてしまいました……渚さんも?」
「うん。寝れないんだぁー」
ゴシゴシと目元を拭う渚さん。
「隣いいですか?」
「寒いよ?」
「大丈夫です、体は丈夫なので」
腰を下ろすとふわりと花の香がした。
月光に照らされた渚さんは同性でも惚れ惚れする。
人形みたい、という言い方は嫌いだがまさしく作り物のような美しさだった。
何を話せばいいのかわからなかった。
下手に何かを言ってしまうことが少し嫌だったのだ。
だとして、この気まずい状況をどうしようか。
話を振るほか無いだろう。
そんな感じのことをしばらくループし続け、月が落ちる時。
「明ちゃん」
一言、渚さんが発した。
弱々しかった。
ハキハキと喋り、快活明朗な少女という印象の渚さん。
どんなときも明るく振る舞おうとする渚さん。
その部分部分がフラッシュバックする。
「……好きだったんだなってさ」
「思っちゃった」
「もう、取り返しはつかないのにね」
渚さんは泣いていなかった。
ただぼうっと灯った夜空を愛おしそうに眺めている。
「……持論ですが」
「前を向くんだったら、
「どうしたって関わらないといけないものですから」
「――――そっか」
なんともポエミーな言葉だ。
自分で言ってて恥ずかしくなってくる。
渚さんはまだ愛おしそうに夜空を眺めていた。
失恋、でもしたのかな。でも渚さんに限ってそんなことある?
私が異性だったら多分すぐ合意する。
きれいだし、胸も大きいし、それでいて根が明るいから一緒にいて楽しいだろうし。
トイレの時はまさかとは思ったけど流石にね。
渚さんからしたら男なんてよりどりみどりだろうし。
「好き、だったんですか?その人」
「うん、たぶんね」
「本当ですか?」
「嘘なんてつかないよ」
「……ではもう一度聞いていいですか?」
「え?なになに?」
「あなたの好きな人は、春馬ですか?」
少しの間、空気の膨らみを感じた。
どうしたらいいのか、どうすればいいのか。そんなものを感じた。
「……どーだろうね?」
渚さんはそういうとにっこり笑う。
どこかぎこちなさを孕んだそれは、やっぱり渚さんだった。
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