第1話壮介

チャイムが鳴り、六時間目の授業が終わった。二年一組と書かれたプレートが掛けられた教室に担任の女性教諭が入ってくる。

生徒は皆、部活や帰宅の準備をしている。

日直の生徒が教壇の中央に立ち、終礼が始まる。全ての生徒が席に着く。そして、日直の生徒の左側に立っていた女性教諭が次の日の連絡事項を告げる。

そして号令をかけ、終礼を終わらせた。

教室の最前列。右端に掲示板がある。その掲示板の前に席がある壮介は帰ろうとしていた。

「壮介、放課後サッカーしようぜ。人員不足なんだよ。頼む」

「壮介、今日暇?一緒に勉強しね?俺ん家で」

クラスメイトたちが色々と誘ってくるが壮介はいつも決まって

「ごめん。無理」

怯えた表情で言い残すと帰ってしまう。

「また断られた」

「これで十五連敗だ」

「下手な女子より手強い」

悔しそうな表情で言い放つ。そんなクラスメイトたちをよそ目に教室から出ようとした瞬間、後の席で幼馴染みの島田空に声をかけられる。

「せっかく誘ってくれたのに。今日も断るの?」

「いいじゃん。放っとけよ」

言い返してしまう。こんな自分がたまに嫌になる。

「まぁいいわ。一緒に帰ろ壮介」

空は言い終わると壮介と共に教室をあとにした。



君夜壮介。年は十七。公立の高校に通っている。成績はまずまずである。

壮介が同級生と馴染めないのは両親がいないことにある。

今から十一年前のこと。

壮介は当時、小学校一年生だった。夏休みの終わりに両親が急な仕事で家を空けることになった。

「お父さんとお母さんはお仕事で外国に行くことになったの。しばらく家に戻れないから妹夫婦の家でお利口さんでいてね。あと妹によろしくて言っておいて」

母はそう言いい残し、父と仕事に出かけた。仕事上、家を空けることが多かった両親。だが半年近く家に戻らないのは珍しかった。これが最後の別れになるとは露知らず日々を過ごしていた。

そんなある日のこと。叔母に両親は不慮の事故で亡くなったと聞かされた。壮介は突然の別れに気持ちの整理がつかず涙が枯れるまで泣いた。

両親の葬儀のあと壮介は、叔母夫婦のところに引き取られることになる。叔母夫婦は優しく接した。だが悲しみが癒えることはなく次第に心を閉ざしていった。

両親が亡くなる以前は活発で友達付き合いも良かった。

だが、心を閉ざしたせいで多くいた友達は半分以下になった。

そんななか空は壮介のそばに寄り添った。そして、幼馴染みということもあり徐々に心を開いていった。

両親の死から十一年。


校舎隣の自転車置場にある自分の自転車のかごに黒いリュックを入れ、サドルにまたがり空と学校をあとにした。


高校近くの横断歩道を過ぎ、坂道を下り、少し行った先の踏切を渡る。そして寄るところがあると空と別れ図書館に向かった。


図書館は町外れにあり、その周辺には田園風景が広がっていた。図書館の駐輪場に自転車を止め、かごに入ったリュックを背負った。自動ドアをくぐり中へ入る。

図書館の入り口カウンター前で借りていた本をリュックから取り出し司書の男性に渡して帰ろうとしたそのとき。白い丸襟の黒いワンピースを着た少女が走ってきてぶつかったのだ。壮介はなんとかその場に留まったが、少女は床に倒れこむ。

立ち上がろうとうすが膝を擦りむいたらしく顔を歪めている。

「大丈夫?立てる?」

司書の男性かカウンターごしに声をかけた。

「大丈夫です」

「絆創膏ないな。どうしよう」

壮介は常に絆創膏が入ったポーチをリュックに入れ持ち歩いている。リュックのなかにあるポーチから絆創膏を取り出すと擦りむいた膝に貼りつけた。

「助かったよ」

「どういたしまして」

司書の男性に軽く会釈をした。

「お父さんとお母さんはどうしたの?」

「言いたくないです」

「困ったなあ」

司書の男性が眉間に皺を寄せる。

「俺この子の両親探します」

とっさに答えポーチをリュックにしまい、手を差しのべた。

再び図書館の自動ドアをくぐり駐輪場に少女と向かった。

「さっき何であんなこと言ったの」

尋ねてみるが少女は黙りこんでいる。

一通り探し、交番に連れて行こうとした。だが、警察に追っての仲間が能力で顔を変え紛れているかもしれないと止められた。

ふとさっき駆け込んできたことが気になる。

(なぜ幼い子供が一人でいるのか。親は何をしているのか。誰に追われているのか。聞きたいことがたくさんある。)

何も話してくれないのでとりあえず家に連れて帰ることにした。


田んぼ道を二十分ほど歩くと町がみえてくる。

公民館の前を通り、しばらく行くと神社がある。

その隣に児童館があり田んぼを一枚挟んだ向かい側が叔母の家だ。

自転車を玄関横に止める。

玄関扉の鍵を開け、なかに入り靴を脱いだ。

「靴、持って二階へ上がって」

少女は頷くと靴を持ち、壮介に続いて二階へ上がった。

階段を上がって右側の部屋が叔母の部屋。左側の部屋が叔父の部屋である。その奥に壮介の部屋がある。

部屋に入るとドアを閉めリュックを下ろした。

「着替えるからあっち向いてて」

少女は頷くと部屋の隅をみる。

クローゼットの収納箱からTシャツとズボンを取り出し、ベッドの上に置いた。そして着替えをして脱いだ制服をクローゼットのハンガーに掛けた。   

「もう着替え終わったからこっち向いていいよ。それとそこに座って」

ベッドの前にはカーペットが敷かれその上に机が置かれている。

向き直った少女を床に座らせた。

「君名前は?さっき図書館で何も話さなかったけど何か他の人には言えない事情があるの?」

「私はリタ。悪い奴に追われて撒こうとしてたの」 ベッドに寝転がりスマホでニュースサイトをみながら話しを聞いていたそのときだった。ふと気になるニュース動画をみつけたのだ。

画面をタップし視聴する。

「今日未明、久瀬市高倉の路上で男性が倒れているのが発見され、間もなく死亡が確認されました。死亡した男性の手の甲には刺青が掘られており…」

机の前に座っていたリタがベッドに近より声をあげた。

「この紋章は」

「知ってるの?」

「魔法使いだけに刻印される紋章なの」

(魔法使いと聞いてファンタジーの世界を思い浮かべるが現実にもいるのか)

両親の体に同じ紋章が刻まれていたことを思い出す。


ばたんと玄関扉が閉まる音がした。叔母がスーパーのパートから帰ってきたのだ。

「壮介君ご飯できたら呼ぶわね」

「分かりました。ありがとうございます」

ドアを少し開け返事をする。そしてベッドに戻った。

「そう言えば俺、紋章みたことあるんだけど君と何か関係が?」

「話せば長くなるのだけど。また今度話すね」

「事件現場に行けば何か分かるかも。明日土曜日だし一緒に行こう」

「そうだね」

一旦スマホを机の上に置き、ベッド横のポールハンガーに掛けてあるショルダーバッグを手に取る。プリペイド式の交通系ICカードと財布、モバイルバッテリーを入れ、元の位置に戻した。

「壮介君ご飯できたわよ」

下で叔母の声がする。リタに部屋にいるように言うと一階へ降りた。

階段を降りてすぐトイレがあり、それを右に曲がった奥にダイニングがある。中央にはダイニングテーブルが置かれ、その上にご飯と味噌汁、おかずがのったお皿が並べられている。

ガスコンロ横、食器棚の隣に電子レンジ用の台がある。電子レンジの上のお盆を取りご飯、味噌汁、おかず、箸、小皿と順にのせた。テーブルにお盆を置き、食器棚からコップ、フォーク、スプーンを取り出す。お盆の空いたスペースにそれらをのせコップに冷蔵庫の冷えた麦茶を注いだ。

「今日は二階で食べます」

後片付けをしている叔母に一言告げ、二階へお盆を持って上がった。叔母は小首を傾げる。


部屋に入ると机にお盆を置き、カーペットの上に座った。持ってきた小皿におかずを取り分け差し出す。

リタはフォークとスプーンをもらい黙々と食べた。

夕飯を食べ終え一階にお盆をさげに降りると仕事から帰った叔父が味噌汁を啜すすっていた。

食器を洗っている叔母にお盆を渡し、二階の部屋へ戻ろうとしたとき後ろから声をかけられ、振り返る。「壮介、今日学校はどうだったんだ?勉強はしてるのか」

「あっうん」

適当に相槌を打つ。

部屋に戻ると着替えを取り、リタを連れ音を立てずに

一階へ降りた。

降りて右手にある脱衣場のドアを閉めた。収納棚の上に着替えを置いた。

「先にお風呂いただきます」

給湯器のスイッチを入れ、腰にタオルを巻いた。

浴室に入り、リタの結んだ髪をほどくと目に泡が入らないようにシャンプーハットを被せ優しく洗った。 湯船に浸かろうとしたとき足音が聞こえた。風呂から急いで上がり、着替えを済ませ、脱衣場のドアを開け誰もいないことを確認する。忍び足で階段を上がり、部屋に入りドアを閉めた。

机を壁に立て掛け、クローゼットから布団を引っ張り出すとカーペットの上に敷いた。スマホを充電器に差し、リタをベッドに寝かせ、ぬいぐるみを枕に電気を消して眠りについた。

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