File 3 : 奥山健 3
期限だった1週間が過ぎて、専務が僕の部屋にやって来た。作った資料を見せながら僕が説明をすると、専務はすごく驚いたような声を上げた。
「おお〜!やはり君はすごいね。
何も言わなくても私達の求める資料を作り上げてくれたじゃないか!すごく分かりやすい」
そう褒められた。
「君の様にITに強く、経済的な知識が豊富な人材が我が社には足りないんだ。これからも君を頼りにしてるよ」
専務はそう言って僕の方をぽんと叩いた。
「はいっ!がんばります」
僕は素直にそう答えた。
自分の学んできた事が活かせる、そう思って嬉しかった。それからはこの仕事にやりがいを感じて真面目に仕事に取り組んだんだ。
でも、浮かれていた僕はその頃はまだ気づかなかったんだ。どんどん深みに嵌っていってるって。
やがて、僕の部屋には小さなプレートが付けられた。
【ファイナンシャル アドバイザー 奥山健】
ちょっと自慢したくなって、そのプレートを写真に撮って、両親と妹に送ったりして…。
時期はずれなのにボーナスも出て、すき焼き用の高い肉を1キロと大きなケーキを買って実家に帰ったりしたんだ。
家族は皆、とても喜んでくれた。やりたい仕事ができてよかったね、って。
何も知らずにいたあの頃が、1番楽しかった。
そのうちに、僕が業績見通しのシュミレーションを立てた会社の株価が暴騰したり、暴落したり。経営者が突然変わったり、不渡を出したり…。
この会社に出入りするガラの悪い人の存在も気になり始めた。
なんか変だと気づいた僕は専務にアポを取ろうとした。
「お聞きしたい事があります」
そういう連絡は入れたけど、専務は忙しいと言ってのらりくらりと僕をかわしてばかりだった。
やっとアポが取れて僕が指定された時間に専務室に行くと、専務はいなかった。
僕は仕方なくソファに座って待ち続けた。
僕は何をどうすればいいのかと心の中で考えたが何も頭に浮かばず、両手を膝の上に乗せ俯いて座り続ける事しかできなかった。
何時間待ったのだろう。外がすっかり暗くなった頃、専務がやっと部屋に現れた。
俯く僕のそばにやって来た専務は何も言わずに屈んで、いきなり僕の顎を持ち上げ、ディープキスをした。
「健ちゃん、君の言いたい事はわかってるさ。だけどねぇ…君はもう俺たちの仲間だよ。ぬけらんないねぇ、残念だけど。
それにさ、健ちゃんは俺のタイプなんだよね。可愛い健ちゃん、逃がさないよ」
専務はもう一度、僕にキスをして部屋から出て行った。
僕は全身がゾワっとした。僕の口の中にタバコの味が残っていて、慌ててトイレに駆け込んだ。そして胃の中には何もないのに、ずっと吐いていた。
それから僕は山本興業株式会社について内部情報を調べ始めたんだ。
本当はどんな会社なんだろうって、今更ながら気になるじゃないか。外からは分からない情報も、僕なら見ることができるのだから。
そうしたら、想像以上にとんでもない会社だってわかったんだ。
僕がバイトをしていた老人介護施設 'ウェルネス アンド ハッピーライフ' は3ヶ所あって、年寄り達の金をむしり取る場所になっていた。金持ちが多く入所していた施設では、使用料金の上乗せ、水増し請求、虚偽の申告など、なんでもありだった。
施設長も '山本興業株式会社' がどんな会社か知っていて、いや、知っているどころではなく、幹部として金をかき集めていた。
それを知った時は打ちのめされた。大学で経済やITなどについて学んでいた僕は最初から狙われていたんだ。施設長はその事もよく知ってたから。
そして、それまでは会社で自分の部屋にいることが多かった僕は、情報を集めるために部屋から出るようにした。すると、会社には僕とあまり歳の変わらない男が何人か出入りしていることに気づいた。
その中に偶然、幼馴染らしい人物を見付けて声を掛けてみた。
「テルくん?」
「ん?テルだけど…?
って、なんだよ、健ちゃんじゃん!」
安岡太陽、子供の頃からテルくんと呼ばれていた奴は明るくて元気のいい男だった。
久しぶりに会った僕達は、早速2人で晩飯を食べようということになってファミレスに行ったんだけど…。テルくんは僕が同じような事をしていると思ったのか、割とあっけらかんと自分の仕事を話しはじめた。
「俺はさ、会社とは関係ない宅配業社に入り込んでんだ。そんでもって、宅配で年寄りんちに行ってさ、金を持ってそうな奴を見つけるんだ。
宅配名簿で金持ちの住所や電話番号を写メして本部に送る…つーのが仕事だな」
得意げにテルくんは続けた。
「おれ、結構腕がいいんだぞ。何人も兄貴達に紹介してさ、ボーナスも結構貰ってんだぜ。
で、健ちゃんは何やってんの?」
そう聞かれた僕は、デスクワークとだけ答えた。
「だって僕、人見知りだから…。外には出れないよ」
「ふーん。外の方が金になるのに、残念だねえ…。年寄りなんて入れ食いだぜ」
テルくんの話を聞いた僕はスマホを見て帰り支度を始めた。
「ごめん、テルくん。仕事入ったみたいだから、行かなくっちゃ。また、一緒に飯食おう」
スマホには何の連絡も入ってなかったけど、僕は一刻も早くこの場を立ち去りたくなってしまったんだ。
(これはまずい。こんな口の軽い奴が組織の中にいるなんて…!)
そう思ったら、テルくんと一緒にいる事さえ危ない気がして仕方なかった。
五千円をポンとテーブルに置き、僕は走って駅まで行き電車に乗った。ドアガラスに映った自分の顔を見ながら、どうにかしなくてはとひたすら考えた。
こんな事は決して続かない
必ず終わりが来る
その時は僕の命を守る何かが必要になる
それを手に入れよう
僕は電車のドアガラスに映る自分自身に頷いた。
だって、もう
やるしかないじゃないか!
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