第46話 死闘
46 死闘
両者は――武器を持っていない。
あの夜は三節棍を得物していた埋葬月人も、今日は徒手空拳だ。
埋葬月人と天井恋矢は、いま正面から激突した。
「ああ、俺はココから直接、付き合った理由を聴けてよかった。
お蔭で俺は――更にやる気が出たぜ」
「そう。
それは、良かった」
恋矢の宣言を一笑に付す、埋葬月人。
彼女の飛び蹴りが恋矢に迫るが、彼は素の状態でこの一撃を躱す。
逆に大きな隙をつくった埋葬月人目がけて、肘打ちを放つ。
埋葬月人はそれを、首を傾けて躱すが、彼女は天井恋矢の変化を敏感に感じ取る。
(やはり、あの晩の天井君とは違う。
この一週間で、大幅に腕を上げたと言うの?)
ノーマル状態のまま埋葬月人と戦う、恋矢。
まるで彼は、今の己の力量を試している様だ。
両者は当然の様に組手を始めるが、今の所、優劣はない。
埋葬月人と互角に戦う恋矢は、ただこの戦闘に集中した。
拳を放ち、それが避けられたら、自分に向かって繰り出された蹴りを躱す。
この暴力の応酬は、実に十分以上続く。
彼等のレベルは、既に常人のそれを遥かに超えていた。
真琴港でさえ、この戦いにはついていけないだろう。
二人の攻撃は単調に見えて、その実、重くて速い。
埋葬月人に至っては、既に突っ込んできたトラックを、突きだけではね返せる程だ。
つまり常人が受ければ、一発で死亡する。
それだけの暴力の嵐は、けれど今の所天井恋矢に致命傷を与えていない。
それも、その筈か。
埋葬月人の目的は、恋矢を殺す事ではない。
彼を生きたまま負かして、屈服させる事にある。
恋矢が負けた場合、彼は埋葬月人のチームに組み込まれる事になる。
その約束を忘れていない埋葬月人は、だから恋矢に致命傷を与える事を避けていた。
(いや、これは――)
――その事を差し引いても、天井恋矢は圧倒的に強い。
彼はノーマル状態で、既にサヴァン化した強さを有している。
現に彼の戦闘スタイルは、サヴァン化を踏襲していた。
埋葬月人が圧倒的なパワーを誇るなら、天井恋矢は戦闘技術が特化している。
埋葬月人の攻撃をいなした彼は、そのままカウンターの一撃を彼女に入れ様とする。
これは猪突してきたトラックを腕だけで受け流し、逆襲の一撃を放つ様な物だ。
仮にこれがトラックだとすれば、恋矢の一撃を受けただけで、車体は大破するだろう。
それだけの戦闘技術を素の状態で発揮する彼は、確かに超人的だった。
だが――それは埋葬月人も同じ事。
かの人はあの晩、天井恋矢を圧倒した怪物である。
彼女は当然の様にギアを上げ、更に膂力を増して、恋矢に迫る。
そのパワーは既に、圧縮された台風と遜色ない。
百メートル級のビルでさえ一撃で全壊するであろうその突きは、確かに化物じみていた。
その速度も、最早、音速と大差ない。
既にこれは、人間の業とは言えなかった。
ならば――天井恋矢もまたギアを上げるしかない。
遂にサヴァン化した彼は――ただ埋葬月人を凝視した。
彼女の動きを見切り、次の業を予想して、最適解の対応をなそうとする。
あろう事か、その試みは成功して、両者は尚も互角に戦う。
恋矢は埋葬月人の動きを十万手先まで読み切るが、それでも全く隙はつけない。
どう動いてもカウンターを避けられる恋矢は、決定打に欠けていた。
しかしそれは、埋葬月人も同じだ。
尽く攻撃を受け流される彼女は、内心、舌打ちする。
これだけ長い時間、自分と戦う事が出来たのは、大峰真尋以来だ。
その驚異的な事実を前にして、埋葬月人は喜々とした。
舌を巻く思いでありながら、埋葬月人は歓喜で震えたのだ。
また一人、自分と同じ領域に到達した人間と出逢った。
絶対的に無敵であるが為に、孤独であった彼女は、漸く二人目の同志を得たのだ。
恐らく長期戦にもち込めば、埋葬月人に分がある。
力が増したとはいえ、この戦闘で負担を強いられるのは、恋矢の方だ。
サヴァン化によって脳に負荷がかかる彼は、勝負を急ぐ必要があった。
だが、埋葬月人はその戦術をとらない。
寧ろ恋矢が力尽きる前に決着をつけるのが、彼に対する返礼だと思えた。
「ええ。
貴方は必ず――私の手で仕留める」
「つっ!
そいつは嬉しい口説き文句だ!」
確かに余裕を失いかけているのは、恋矢の方だ。
彼の呼吸は、徐々に乱れていく。
このままでは、恋矢は自滅すると感じた埋葬月人は、だから決着をつけ様とする。
彼女は宣言通り――自らの能力を以って天井恋矢を打倒しようとした。
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