第37話 ペンギンの運命
37 ペンギンの運命
「そう言えば――〝ペンギンは食べられる〟という話は聞いた事がない」
「……は?」
三時間ほど室内プールを堪能した後、恋矢とココは遊園地に戻ってくる。
正午を迎えたので、制服に着替えた二人はフードコートで昼食をとる事にしたのだ。
恋矢はプロが作った料理を注文するつもりだったが、それはココに却下された。
ココとしては、飽くまで恋矢の手作り弁当が食べたいらしい。
ココには自分が作った弁当を食べさせ、恋矢だけ注文をとる訳にもいかない。
恋矢も自分用の弁当を食べつつ、ココの顔色を窺った。
どうやら昨日の夕食はマグレではなかった様で、ココはここでも喜ぶ。
「うん、やっぱり恋矢のお料理は、美味しい。
隠し味は、やっぱり愛情ですか?」
「……待て。
素知らぬ顔で、無害な会話をするな。
今さっき、聞き捨てならない事を言ったばかりだろう?」
「んん?
何だっけ?」
ココが惚けると、恋矢は何時も通りツッコミを入れる。
「お前、ペンギンに興味があるのか?
それも――食糧として?」
ペンギンは、愛でられる為に存在していると思うのが、普通だ。
女子であるならその色は、一層濃くなるだろう。
ぶっちゃけ、ココの感想は〝パンダやコアラは食べられるのか?〟と言っている様な物だ。
どこの世界に、パンダやコアラを食べたがる女子が居る?
逆にパンダだと知らずに食べた場合、事実を知った後その女子はきっと吐く。
「あー、だって人間ってクジラやイルカさえも食べるじゃない。
だったら、ペンギンもアリかなと思っただけなの」
「……え?
そうなの?
人間って、イルカも食べるの?」
クジラは知っていたが、人間はイルカまで食糧にしている?
初耳である恋矢としては、慄くばかりだ。
「そうだよー。
人間にとって大抵の動物は、食糧なの。
現に今スマホで検索したけど、ペンギンも南極探検隊の食糧にされていた事を私は知った」
「………」
嫌な情報だった。
できれば、今直ぐ忘れたい。
解体されたペンギンとか、出来れば一生見たくない。
「でも、それが世界の理でしょう?
弱肉強食が、この世の基本原則だよね。
強い動物が弱い動物を狩るのが、当たり前。
野生の動物でこの自然現象を行わないのは、母性本能のある動物だけ。
弱者を狩らないのは、子殺しをしない動物位じゃないかな?
現に、オスの熊とかは子熊さえもエサにしようとするらしいし」
「……実に、食事が不味くなる話題だ。
仮にこれでも気を遣っているとしたら、ココの気遣いスキルは既に詰んでいる」
「いえ、私が言いたいのは、人間もまた弱者を保護する側の存在だって事。
戦国時代は強者が弱者を食い物にしていたけど、現代だと話が大きく変わってくる。
福祉で保護されている人達も居るんだから、やっぱり人の世は進化しているんだよ。
でも、それも全て余裕の産物かな?
仮に現代人が、戦国時代並みの生産性しか持てなくなったらどうなるんだろう?
やっぱり今よりは、酷い社会になるんだろうね。
世界が安定しているのは、余裕がある証拠。
その余裕が失われた時、人の世は再び地獄と化す。
人間も、動物だからね。
やっぱり完全には、弱肉強食の法則性からは、逃れられないんだよ」
「………」
シレッとした顔で、ココは怖い事を言う。
恋矢はつい熱くなって、ココに反論した。
「……そうか?
確かに過去の人々は、弱肉強食を甘んじて受け入れるしかなかった。
でも現代人は、歴史から学んでよりよい社会のつくり方を学習しているだろう?
弱肉強食なんて下等な社会じゃなく、弱者も救済できる手段を必ず講じる筈だ。
人間には、それだけの知恵がある筈なんだよ。
少なくとも俺は、弱者だからと言って切り捨てる様な社会は想像出来ない」
「……おー」
と、ココは再び、感嘆の声を漏らす。
彼女は素直に、感心した。
「そうだね。
きっと、恋矢の言う通りだと思う。
出来れば私も、人の良識を信じたい」
「……〝出来れば〟って、随分含みがある言い方だな?」
「いえ、そんな事はないよー。
私はいま初めて、恋矢を尊敬した」
「………」
〝じゃあ、それ以前はどう思っていたんだよ?〟と、恋矢は顔をしかめる。
ココは素知らぬ顔で、弁当を口にするだけだ。
実に幸せそうな、ココ。
自分が作った弁当が、ココを充足させていると思っただけで恋矢の方が浮かれてしまう。
だが、恋矢は今になって、漸く重大な事に気付く。
彼は〝まさか!〟という面持ちでココに質問をぶつけた。
「……あの、ココ。
――昨夜の事なんだけど」
「昨夜の事?」
ココの表情が、若干変わる。
仮に恋矢がサヴァン状態なら、その変化にも気付けただろう。
だが、素のままの恋矢では、ココの心理までは見抜けない。
と、篠塚ココが臨戦態勢に入る前に、恋矢は皆まで告げた。
「ああ。
加賀の事なんだけど、アイツ――まさかココの家に泊まった?」
「………」
この時、ココは一瞬恋矢から視線を逸らすが、やはり恋矢に気にした様子はない。
ココは満面の笑顔で、こう答えた。
「うん。
敦ちゃんは昨夜、私の部屋でお泊りした。
敦ちゃんは大胆だから、恋矢では出来ない事をしていった」
「……は?
――はぁっ?
それはつまり、天井恋矢は、加賀敦を、殺しても構わないという事……?」
事と次第によっては、恋矢は本気だ。
命を大事にしている筈の彼は、このとき本日二度目の殺意を抱く。
ココは、ケラケラと笑った。
「うん。
敦ちゃんなら、夜の十時には熟睡していた。
それは、恋矢には出来なかった事でしょう?
私、嘘はついていないよね?」
「………」
そういえば、此奴はこういう奴だった。
相変わらず恋矢をからかうのがうまいココは、ここでも面目躍如と言った感じだ。
「……え?
一寸待った。
加賀って、十時にはもう寝たの?
俺のイメージするヤツとは、大分違う。
あの野郎は、ご近所迷惑も考えないで、朝までアカペラしそうな感じなんだけど」
「アハハハ。
そうだったら、面白いんだけどね。
敦ちゃんも、きっと疲れていたんじゃないかな?
私が、気が落ち着くアロマを焚いたら、直ぐに寝落ちしちゃった」
「……アロマ?
そんな気がきいた物が、ココの部屋にはあるのか?
まるで熊の巣に、ポータブルゲーム機が常備されている様な感じだ」
「アハハハ。
愉快な冗談だなー。
特に私の家を熊の巣に例えるあたりが、凄くうまい」
「……え?
ごめん、ちょっと意味が分からない」
「うん。
恋矢は一生――その意味が分からないままでいて」
ボソリと呟く、ココ。
うまく聞き取れなかった恋矢は――当然の様に首を傾げた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます