異世界流おもてなしの旅

遊井そわ香

第1話 こうして二人は出会った

 黒い世界に浮かびあがっている、墓場。中央にある墓石に刻まれているのは、ローシェの人生を語る文字。



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 名前:ローシェ・フローズン

 属性:ミリハリ族。女

 職業:カウス村役場職員

 レベル:平職員

 一般スキル:誰とでも普通に話せる

 特殊スキル:料理

 謳い文句:人生に常に全力!!

 ゲーム状況:入城許可証を盗まれて、ゲームオーバー。


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「ゲームオーバーなんて、いやぁーっ!!」


 自分のあげた悲鳴に驚いて、ローシェは飛び起きた。

 周囲は薄闇。次第に目が慣れ、部屋にあるものの見分けがつくようになった。

 狭い部屋の中にあるのは、テーブルが一つと椅子が二脚。その椅子の上には、ローシェの旅行鞄が置かれている。


「……夢? そうよね。死んだ覚えがないもの」


 十日前、異世界から勇者が召喚された。

 現在。ユスティア国の首都には、世界中から勇者様おもてなし課職員が集まっている。

 ローシェ・フローズンも、その一人。

 都から遠く離れたカウス村から乗合馬車で十日かけて来たというのに、入城許可証を紛失し、城に入れずにいる。


「誰が私の入城許可証を盗ったの? 明日、門を見張って捕まえてやるんだから!」


 悪夢のせいで、目が冴えてしまった。ローシェは外出着に着替えると、宿屋から出た。


 神々しい光が地上を照らしている。今夜は満月。

 城壁に沿って歩いていると、コトン、と音がした。耳を澄ます。なにやら話し声が聞こえる。それから、壁を擦る硬い音。

 

「あれ?」


 城壁に目を向けると、白いロープが垂れ下がっている。人の頭が、城壁の上にぴょこんと出てきた。

 真夜中に現れた人物は城壁を乗り越え、白いロープ伝いに降りてくる。その人物は非力なようで、ロープの真ん中ほどで手を離してしまった。お尻からドスンと落ちる。

 不審人物はよろめきながら起きあがると、ロープを引っ張った。すると白いロープはスルスルと上がっていき、城壁の向こう側に消えた。


(これは……城からの逃亡者? 逃亡を手助けした人が壁の向こうにいるってわけね)


 逃亡者はしばらく城壁を見上げていたが、頭を緩く振ると、身を翻した。その途端。


「わぁーーっ!!」

「はじめまして、逃亡者様。なにかワケありのようですね」


 ローシェは逃亡劇を目撃したことにワクワクしているというのに、少年は腰を抜かし、さらには、地面に額をつけるほどに頭を下げてきた。


「すみません! でも僕、無理なんです!!」

「そういうこともあるかもしれませんね。で、なにが無理なんですか?」

「僕は偶然居合わせただけで、勇者では……」

「えーっ!! 今、なんて言いました⁉︎ 勇者って言いました⁉︎」


 好奇心旺盛なローシェは滑るようにして、土下座をしている少年の前に座った。

 

「あなた、勇者様なのですか⁉︎」

「いえ、違います……」

「勇者様じゃないの?」

「勇者は……」


 少年は土下座していた頭を上げると、振り向いて、城壁を見上げた。


「城にいる人です。僕はたまたま一緒にいたから、ここに来ただけ」

「あなたが誰かわかりました! 異世界から召喚された方ですね。聞いています。今回は二人の男性が召喚されたって。でも、どちらが勇者様なのかわかっていないという話ですけれど……」


 ローシェは少年をまじまじと観察する。明るい月が出ているおかげで、彼の容姿がばっちりと見てとれる。

 背は一般男性並みだが、薄い体型をしている。骨格が華奢だし、筋肉量が少ない。顔は平坦気味。鼻が若干低いし、目が小さい。けれど、優しい顔をしている。


 歴代の勇者の肖像画を、ローシェは頭に思い描く。


 一代目の勇者アンドリューは、フランスというところから召喚された。筋肉ムキムキ、屈強な体つき。

 二代目の勇者、張継ちょうけいは中国というところから召喚された。おじいちゃんだったが、驚くほどに体が柔らかく、カンフーの達人。

 三代目の勇者アイリーンは、アメリカから。女性だったが豪傑で、魔物をバッサバッサ斬った。

 四代目の勇者アイビスは、ラトビアから。彼は、『エンターテイメント』『ゲーム』『おもてなしの心』という考えをこの世界にもたらした。


 アンドリューも張継もアイリーンも、魔物退治に嫌気が差して三年ほどで元の世界に帰ってしまった。

 アイビスはそれを、「目的とエンターテイメント性がないからだ」と述べた。

 

 それはさておき。過去の四人の勇者とは違い、目の前の少年は弱そうだし自信なさげ。


「勇者様の召喚に巻き込まれたんですね。お可哀想に。帰れそうですか?」

「明日、どちらが勇者なのか決める戦いがあるんだ。負ければ、帰れるみたい。だけど、戦いたくない。怖い。こんな弱虫、勇者じゃないよね……」



 

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