ひとりぼっちだった少年の噺

第11話



「ほんとに行くのか? やっぱ、会いたくねえ」



二人で師匠の家に向かう道すがら、どうやら彼は思いのほか気が進まなかったらしく


「絶対にこの前、暴れたの怒られるし。全然帰らないことも咎められる……」としゅんとしていた。


私が師匠に会ってみたいと言った時には、嬉しそうにいいよなんて言ったくせに、今となっては、いつも逞しいハチが登園を拒否する幼稚園児のような振る舞いをしている。



「大丈夫だよ、この前は私を助けに来てくれただけなんだから」



師匠とシールズは一緒に暮らしているらしく、

ハチ曰く、シールズは良い奴だけれどなんでも師匠に話してしまうらしい。だから、この前のことも師匠に筒抜けだそうだ。



「俺にこの世界で生きる処世術を教えてくれたのが師匠だったんだよ。ナイフの使いかた、銃の撃ち方、体術、全部師匠から教わったことだ。


もうこの際だから話してしまうけど、俺の仕事っていうのは、所謂、殺し屋なんだ。頼まれたら誰でも殺る。


それを師匠はよく思ってない。そりゃあそうだよな、人を殺すために師匠は教えたわけじゃないんだから」



ああ、会いたくない、とハチは要所要所で嘆いていた。なぜかこの綺麗な顔の男は、情けないところも様になっていた。



「じゃあ、夜中に時々出て行ってたのは、その仕事のため?」


「嘘だろ知ってたのかよ。寝てたのかと思ってた」


「たまたま目が覚めた日があって、それで知ったの」



ハチがそういう仕事をしているのではないかと思ったことは幾らでもあった。人を撃つこともナイフをかざすことにも何の躊躇もなかったから、場馴れしている、と漠然と思っていた。



「だから俺、師匠に合わせる顔無いんだよ。俺みたいなやつのせいで、この街の治安はどんどん悪化していくんだろうな」



ハチは片手でおでこを押さえた。

師匠の家が近づくにつれてハチの足取りは重くなっていくみたいだ。



「行こう、ハチ」



私がハチの手をとって、ぐいぐいと前へ引っ張っていくと「行きたくないなあ」「帰ろうよユウ」「美味しいご飯作ってあげるからさ」とちょっと楽しくなってきたようで、ハチはうしろへ体重をかけてきた。


登園を嫌がる子供と、幼稚園に行かせたい親の構図が完成していた。



「重っ! はーやーくーいこー」



ハチの両腕をぐーっと引っ張りながら、歩く。

傍から見たら、遊んでいるみたいに見えるだろうが、彼は見た目よりもかなり重く、前に進んでいる感じがしない。



「行くのやめようよユウー」


「連れて行ってくれるってハチが言ったのにぃ。うぅ、重い……」


「また今度にしような」


「いーやーだー」



ぎゅうぎゅうとハチの腕を引っ張ると、ハチは私の腕を掴み返してきた。ぎょっとしているとぶんぶんと腕を揺らした。



可愛いね、楽しいね、なんて言いながら。



さてはこの人、私のことからかってるんじゃないか? と思わなくもなかったが、私は諦めなかった。



「シールズさんもお師匠さんも待ってるよ」


「そうかなあ」


「そうだよ!」とハチに掴まれ翻弄されている腕にも構わず、説得を試みる。


するとハチはじぃっと私の顔を見て、穴が空くほど見つめて、そして、ニコッと笑って見せた。



なんだ、なんだ。



私はハチのことがもう全くもって分からない。なぜじっと見つめる、なぜ笑った。混乱を極める私にハチは


「まあ、ここなんだけどね、師匠の家」


と、目の前の家に顔を向けて、あっさりと言ってのけた。


「え?」



なんと私たちがわちゃわちゃ戯れていたこの現場こそが、師匠の家だったのだ。


「え!?」


「ここだよユウがずっと行きたがってた師匠の家」



もうとっくに着いていたらしい。

赤い屋根のかわいいお家だった。

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