第21話◇ときめき◇

「もしもし、沢田です。お世話になります。」

「木村です。電話に出られなくてすみません。バスに乗っていたものですから。」

「ごめんなさいね。お忙しいのに。」

「いえいえ。お電話お待ちしていました。東京へ来られる予定ありましたか?」

「ええ、十月二十一日の日曜日でした。」

「少し御待ち下さいね。」

そう言うと木村は、予定を調べているらしくしばらく沈黙が続いた。「どうか予定がありますように。」と、心の中で願った。瑠璃子の願いに反して木村が明るい声で答えた。

「大丈夫です。まだ一月程先なので出張の予定は調整できますから。羽田ですね。参ります。」

「日曜日はお休みでしょ?奥様と過ごさなくていいの?」

「いえいえ。日曜日といっても、私は出張が多いので、妻は休みでも私を予定に入れていないのですよ。」

「せっかく羽田まで来てもらってもね、午後七時四十分発の松山行きの飛行機に乗らなければいけないので、七時過ぎには保安検査場に入らないといけないのよ。研修会は市谷なので羽田までは四十分程で行けると思うのだけど、四時時丁度に終わったとしても、羽田に十七時頃に着いたら二時間程しかご一緒できないのよ。」

「結構です。私は少しの時間でもお会いできれば。楽しみにしています。それまでにこの間のアロマオイルの瓶のデザインをデッサンして持って行きます。」

木村は弾んだ声で言った。

「研修会はね。定時に終わらないかもしれないの。お待たせするかもしれないわ。」

「結構で好きにしないで下さい。」

列車が動き始めた。発車のボタンを押してしまった戸惑いと、それに勝る心のざわめきを瑠璃子は楽しんでした。

十月二十一日午後四時、瑠璃子は東京都市ヶ谷にある研修会場のスクリーンの上の時計を睨んでいた。終了時刻の四時を過ぎても、研修会は終わりそうもなかった。

「質問はありませんか?」

 司会者の問いに「どうか、ありませんように。」と、瑠璃子は心の中で祈った。すると司会者が瑠璃子の後ろに目線を合わせて言った。

「どうぞ。」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る