この海は愛を語らない

來宮 理恵

第1話 お姫様抱っこ

助手席のドアを開け、寝ている佐伯さえきの身体を抱き上げた。

生まれて初めて【お姫様抱っこ】というものをした。


あぁーきっと、これから先の俺の人生、こんな風に誰かを抱くことはないだろうな--

なんてことを考えながら、誰もいない砂浜を歩く。


佐伯さえきの身体は思っていた以上に軽くて、俺は少しさびしくなり抱える腕に力が入った。


お前、昔から海が嫌いだって言ってたよな。


波の音や潮の匂い、どこまで続いてるのか分からない海の広さがなんか怖いよねと話していた。

お前、海で泳いだこともなければ、当然溺れたこともないだろ。


そんな佐伯がなぜ、急に海を見に行きたいと言ったのか分からない。



お前は出会った時から予測不能な女だ-


そして、いつだって無理やり俺を巻き込んでいく。



俺は優柔不断で、女々しい奴だ。

だから、言いたい事も言えず、やりたい事も出来ず、歳だけ食って何も残ってない。



お前は、俺と違って『かっこいい奴』なのに。


女とか男とか関係ない。

誰に対しても態度を変えない、間違ったことだと思ったら、それは違うんじゃない?って怒ってた。わがままで、自己中で、気分屋で‥‥


それでも、お前の周りにはいつも人が集まってた。

俺はいつも思ってたよ。

お前は誰にも流されることがなくて、ほんと『かっこいい奴』だなって。


 


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆




数年ぶりにきた海は穏やかで、今にも海に落っこちそうな夕陽が、目に入ってくる全てをただ一色に映し出してる。


これが茜色ってやつなのかな。


波にの光が反射して、パーティーの飾りモンみたいにキラキラと金色に見えてしまうせいか、俺の細い目がもっと細くなる。

 

 


五月の海は潮風が冷たい---


 

佐伯は寒がりだから、大きめのブランケットを用意してきた。

良かったよ、持って来て。

また、お前から怒られるとこだった。


ここに座ろうと、適当な場所にお姫様抱っこした状態で腰を下ろした。

俺はあぐらをかいて、足を座布団代わりに、右腕は枕代わり。

左手でブランケットを身体に覆った。


佐伯の顔は青白かったが、この寒さで鼻先がほんのり赤くなっていて、なんだか可愛く見えて鼻で笑ってしまった。


ブランケットを顔のあたりまですっぽり被らせ、潮風があまり当たらない様に包帯を巻くみたいにしっかり巻くと、てるてる坊主みたいで佐伯もそれに気づいてフッと鼻で笑った。


なぜか、恥ずかしくなってきて顔も見ずに「寒くないか?」って聞いた。

佐伯は、全然自分の顔を見ない俺を見てまた鼻で笑った。



不思議だ---


シーンとする広い空間に、波の音が耳の鼓膜を伝って心臓の奥まで響いてくる。



二人で海に来るのは、久しぶりだな。


 

高校卒業後、ほとんどの奴が大学や専門学校に進学した。

佐伯は地元の医療関係の会社に就職したが、三年後、色々あって辞めた。


仕事を辞めて暇になったからと、いきなり電話がきた。

馬鹿みたいに元気な声で、俺が一番暇そうだろうなと思って電話したって言ってた。

まぁ、正解だな。


二人で丸一日ドライブに行って、暗くなるまで砂浜で海を眺めながら、くだらない話をした。




あの時ずっといつも通りのをしてたけど、本当は違っただろ。

俺を舐めんなよ。

お前のことはだいたい分かるんだよ。


仕事を辞めたんじゃない。んだ。あんなに好きな仕事だったんだから、相当参ってただろ。


お前がいつも通りのを頑張ってたから、俺もいつも通りのでいることにした。


絶対に人前で泣かない女。

一度だけ、たった一度だけ俺の前で泣いたことがあった。


初めて人前で泣いたわと言って、また泣いてた。声も出さずに…


俺は、優柔不断で女々しい奴だから、気の利いた言葉なんかも言えない。


お前はあの時、俺に呆れただろ?

俺も呆れたよ。

ただ、お前が泣き止むまで、ずっと背中をさするだけの俺。

何も言葉をかけられない自分が情けなかった。

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