第十四話「声にならない支え」

第十四話から先を削除し、シナリオを変更しました。


◆◆◆











 フィーネが壇上に立ち、緊張を抱えながらも視線を前に向けると、多くの観客の顔が見えてくる。視線がこちらに向いている。当然だ。ここは壇上の上だ。


 当たり前のことを自覚して、更に緊張が増してくる。心なしか足も震えている。老人からはああしろこうしろと指示を受けていたが、そのアドバイスを聞いてもこの緊張は解けそうになかった。


「皆さま、私の発表では、人工生命についての研究成果を発表させて頂きます。人工生命は私たちの技術と倫理観が交差する非常に興味深い分野であります」


 老人がいつもとは違う口調で、自信満々な声で発表をしている。フィーネは老人の声に耳を傾けながら、心の中で自分を落ち着かせようとした。しかし、観客の視線は重く、逃げ場はどこにもない。


 どうしてもフィーネ自身の視線が右往左往してしまう。何をどうしても誰かと目線が合ってしまうのだ。


 そんなとき、自然と声が漏れた。


「えっ」


 大人びた雰囲気の、肩くらいまでの金髪で、ふわふわな髪をした少女――アイリがいた。


 フィーネは思わずアイリの姿を見つめた。彼女の金髪は光を受けて輝き、まるでスポットライトを浴びているかのようだった。


 ――どうしてアイリがここに?


 思わず心の中で叫ぶ。アイリは、まるで自分を応援するためにそこにいるかのように見える。彼女の存在が、フィーネにとって何よりも心強かった。しかし、その驚きがフィーネの注意を奪い、老人の声が耳に入らなくなる。


 心の中でアイリの顔を思い浮かべながら、フィーネは思考が散漫になっていく。


 その瞬間、ふと老人の声が戻ってきた。


「――この資料を取ってくれ」


 フィーネはハッとした。


「あっ!」


 慌てて壇上の一角を見回す。資料がどこにあるのか思い出せず、ただ周囲をキョロキョロと探した。


 フィーネは何とか資料を見つけ、老人に渡そうと手を伸ばす。観客たちの視線が重く感じるが、アイリの存在が少しだけ彼女を支えてくれる。


「す、すみません」


 フィーネは声を震わせながら小声で老人に謝罪し、改めて壇上の雰囲気を取り戻そうと前を見据えた。


 老人はそんなフィーネを気にも留めず資料を受け取り淡々と発表を続ける。

 彼の声は堂々としており、聴衆の関心を引きつけていた。フィーネはその横に立ちながら、彼の話す内容に耳を傾ける。


 初めこそその内容を理解しようとしていたが、やはり言葉が難しくて何を言っているか分からない。きっとあの本の内容についても発せられているのだろう。


 それからもフィーネは時折指示してくる老人の言葉に従い助手としての役割を果たしていった。


 「人工生命は我々の未来を形作る重要な要素です。その可能性は無限大です」


 質疑応答が始まると、観客の中からさまざまな疑問が投げかけられた。老人は一つ一つの質問に対し、丁寧に答えていく。


 最後に、老人が一礼して発表を締めくくると、会場から拍手が起こった。


 拍手が収まり、フィーネと老人は壇上を降りていく。ホールを抜けて控室へと向かう途中、老人がふと立ち止まり、フィーネに視線を向けた。


「フィーネ、さっきのお前はどうも挙動不審じゃったが……どうした?」


 その問いかけにフィーネは一瞬、返答に迷ったが、正直に答えることにした。


「その……友人がいたんです。観客席の中に」


 老人は驚いた様子で少し眉を上げたが、すぐに小さく頷き、ニヤリと笑った……気がした。


「あの娘か……」


 老人の言葉に、フィーネは目を見開いた。


「えっ、何で分かったんですか?」

「いや、お前の友人などあの娘しかおらんだろう。そうじゃな――」


 老人は顎に手を当てて考え込むような様子を見せた後、再びフィーネの顔を見た。


「フィーネ、ホールに行って会ってきてもよいぞ。せっかくだし顔も合わせたいじゃろう?」


 その一言に、フィーネは驚きのあまり口を開いたまま固まった。老人がそんな風に言うとは思っていなかったのだ。


「え、でも……いいんですか?」

「かまわんよ。どうせ今日はもう片付けるだけじゃ。それに、友人に会いたいという気持ちは大事じゃろう?」


 いつにも増して優しい声。そんな老人の言葉に背中を押されるような気がして、フィーネは小さく頷いた。


「……ありがとうございます。行ってきます!」


 老人は軽く手を振り、フィーネを送り出した。


 控室を飛び出し、ホールへと向かう廊下を走るフィーネの胸には、アイリに会えるかもしれないという期待と、どこか落ち着かない気持ちが入り混じっていた。


 フィーネがホールの入口に差し掛かったとき、その手前の廊下で立ち止まっていた人物に声をかけられた。


「すみません、あなた……カスティエル様の助手ですよね?」


 声の主は、フィーネに似た銀髪のボブカットに知的な眼差しを湛えた眼鏡の少女だった。真面目そうな制服をきちんと着こなし、手元には資料ファイルを抱えている。


「あっ、はい。そうですけど……」


 フィーネが返事をすると、彼女はぱあっと表情を明るくした。


「やっぱり! よかった、会えると思ってなかったんです。私も人工生命を研究していて……すごく参考にしてるんですよ、カスティエル様の論文」

「そうなんですか……ありがとうございます」


 フィーネが少しだけ緊張を解いて笑うと、少女はずいと距離を詰めてきた。


「お名前、伺ってもいいですか? あなたのこと、発表では紹介されなかったから……助手さんにもぜひ話を聞きたくて」

「あ、えっと……フィーネです。フィーネっていいます」

「フィーネさん、ですね。覚えました」


 どこかテンションの高いその子にやや押され気味になりつつ、フィーネは苦笑を浮かべた。


「カスティエル様って、どうしてここ数年間、音信不通になってたんですか?」


 その問いに、フィーネの足が止まった。


「……え?」


 思わず聞き返す。


 少女はフィーネの反応に戸惑いを見せ、少し首をかしげた。


「えっ……ご存じないんですか? カスティエル様、ここ三年近く、表舞台に出てこなかったって……研究も止まってるって噂で」


 フィーネは目を見開いた。老人――エトワール・カスティエルが、そんな状況だったなんて知らなかった。日々あの人から与えられた仕事をこなしていただけで精一杯だったから。


 ここで何て答えようか迷う。助手として来てる以上知らないのはおかしいことなのだろうか。いやしかし、フィーネは最近保護されたという設定だ。なら――


「……知らなかった、です」


 絞り出すように答えると、今度は少女の方が「やっぱり……」と呟いた。


 その小さな呟きに、フィーネの眉がぴくりと動く。静かに問い返した。


「……やっぱりって、どういう意味ですか?」


 少女は一瞬だけ視線を逸らし、逡巡するように口元に手を当てたが、すぐに目を戻して、にこりと笑った。


「いえ、何でもないです」


 そう言うと、彼女はちらりと周囲を見渡した。廊下には時折人の足音が響いていて、落ち着いて話せる空気ではなかった。


「……よければ、少しお話ししませんか? あなたと、なんだか気が合いそうな気がするんです」


 突き出された言葉に、フィーネは戸惑いを隠せなかった。


 ――気が合いそうって……俺の何を見てそう思ったんだ?


 心の奥でそう疑問が浮かぶが、拒絶する気持ちは湧いてこない。すこし違和感を感じたが、ただの話に誘うための口実だろう。


 少し悩んでから、フィーネは控えめに微笑んだ。


「そうかもしれませんね」


 少女の顔がぱっと明るくなる。


「よかった! じゃあ、ちょっとそこのロビーでも。お茶くらいなら出てくるはずですし」

「はい、お願いします」


 二人は並んで歩き始めた。歩幅を合わせるように、少女はフィーネの横に自然に寄り添う。


「そういえば、発表中のあなた、ちょっと緊張してるように見えましたよ。初めてですか? ああいう場で」

「……ええ。すごく、緊張してました。喉がカラカラで……立ってるだけで倒れそうでした」

「でも、ちゃんと役目果たしてましたよ。むしろ堂々としてたように見えたくらい」

「えっ……そう、ですかね」


 フィーネが恥ずかしそうに俯くと、少女はいたずらっぽく笑った。


「うん、絶対に。私はああいう舞台苦手だから、ちょっと憧れちゃいました」

「そんな……私、きっと目が泳いでました」

「うん、泳いでましたね。すごく」


 笑い混じりの言葉に、フィーネは思わず吹き出してしまった。


 ロビーへ向かう道すがら、小さな言葉のやり取りが続いていく。初対面のはずなのに、どこか気を許してしまいそうになる雰囲気がそこにはあった。

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