第42話 覚悟
「怪異」の本体が飛び去った方向を目指して、陸の翼が、陽の落ちかけた空を切り裂いていく。
やがて陸は、一旦は
「その感じが、『悪しきもの』の気配である」
「うん、だんだん近づいてきてる……もうすぐ追いつけそうだね」
ヤクモの言葉に、陸は頷いた。
「……陸、
「いきなり、どうしたの?」
沈んだ声で言うヤクモに、陸は違和感を覚えた。
「あの『怪異』に出会って、思い出したのである。
不意に始まったヤクモの述懐を、陸は無言で聞いていた。
「あの時……
「……そうだったんだ」
「敵は滅ぼしたものの、肉体を失い
「そのお陰で、俺は死なないで済んでいるということだね」
「……記憶を取り戻したことにより、
普段の、ある意味
「俺は、君を憎く思ったり責めたりするつもりはないよ」
「まことか? 陸は、自分に関することは我慢して流すところがあるゆえ、文字通りには受け取れないのである」
ヤクモの言葉に、陸は苦笑いした。
「そうかもしれないけど、今の話については言った通りだよ。むしろ、俺は君に感謝してる。とっくに死んでいた筈なのに、君は俺に続きの人生をくれたんだから」
「……その言葉がまことであれば、
そう言うヤクモの声は、どこか涙声のように聞こえるものだった。
「――見えてきたのである。『奴』である!」
ヤクモの声と同時に、陸の目が点のように見える「怪異」を捉えた。
更に飛行速度を上げた陸は、瞬く間に「怪異」に接近する。
彼の気配に気付いたのか、突然「怪異」が空中に停止し、振り返った。
シルエットは巨大な鳥のようだが、よく見れば、その頭部には「顔」と思われる部分が存在しない。
相手の攻撃に備え、陸もある程度の距離を取って停止した。
陸も敵の「怪異」も、翼の羽ばたきで揚力を得ているというよりは、自分の周囲に不可思議な力場を形成して浮揚している形だ。
――「怪異」というのは、時に物理法則の埒外へ逸脱してしまうものなのか……
ヤクモの力を借りて浮揚しながら、陸は改めて、その強大さを思った。
「まことに、しつこい連中だ。だが、一人で来たのが運の尽きだな。『仲間』の助力なしで
「怪異」の不快な思念が、挑発するかのように入り込んでくるのを、陸は感じた。
「貴様こそ、尻尾を切り落とした
ヤクモの煽るような言葉に、表情など無い筈の「怪異」が醜悪な笑いを浮かべたように見えた。
「それでも、本来の力を失っているであろう貴様に
「怪異」の思念と同時に、そのシルエットが崩れた。
たまゆら、不定形になったかと思うと、次の瞬間、「怪異」は様々な生き物の特徴が合わさった、だが人間にとっては生理的嫌悪感を
オウムガイを思わせる、渦を巻いた分厚い殻から
その身の丈は、陸の三倍はあろうかという大きさだった。
「……これほど絵に描きたくない
「人間などには分からぬだろうな。これは、あらゆるものを食らい吸収し、手に入れた力の集大成なのだ」
巨大な見た目に似合わぬ速度で躍りかかる「怪異」の攻撃を、陸は間一髪で
「速い……?!」
「陸よ、油断するな。分身を切り離した分、奴は身軽になっているやもしれぬ」
すかさず、相手に向けた
「破壊光線」は全て命中したものの、「怪異」の身体は光線で削られたそばから再生していく。
「そんなもので
再び襲いかかってきた「怪異」の鉤爪を、かろうじて
――要するに、奴が消滅するまで、再生速度を上回る威力で攻撃し続ければいいんだ。逃げ回りながら「破壊光線」を撃つだけでは、どうしても攻撃の「
「ヤクモ、悪いけど接近戦に持ち込むよ。無傷では済まないと思うけど、ごめん」
「承知した」
ふと、陸は遠くから羽虫の羽音のようなものが聞こえるのに気付いた。
彼は、かなり離れた場所に、カメラ付きドローンらしきものが複数飛行しているのを見て取った。
「もしかしたら、動画配信してる人もいるかもしれないね」
「なるほど、『ぎゃらりー』に無様な姿を見せる訳にはいかぬのである」
ヤクモの言葉に陸は頷くと、全速力で「怪異」との距離を詰めた。
敵に肉薄した陸は、そのままの勢いで敵の身体に拳を叩き込んだ。
それは単なる殴打ではなく、命中の瞬間に「破壊光線」を合わせて打ち込むというものだ。
先刻まで攻撃を避けるべく逃げの姿勢をとっていた陸が、突然接近戦を挑んできたことに対し、不意を突かれる格好になった「怪異」は、防御もできず殴られるままだった。
ほんの数秒の間だが、無数の連打を浴びた「怪異」の身体は、
一度に大きな損傷を受けた為か、「怪異」の身体の再生にかかる時間が延びているように感じられた。
いける、と陸が思った瞬間、「怪異」の拳が彼を襲った。
接近していた為、凄まじい速度で迫る拳を完全に
「陸、気をしっかり持て!」
ヤクモの声と共に、陸の身体の損傷が修復されていく。
ほんの刹那、意識が飛びかけて墜落しそうになった陸だが、何とか翼を動かし、空中に踏みとどまった。
「痛覚は、人並みにあるんだよね……でも、ダメージ覚悟なら、何とかなりそうだ」
「
陸は、ヤクモの言葉に励まされながら、再び「怪異」に向かっていった。
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