第38話 情報開示

 志摩しまとの面会の翌日、陸は普段通り、研究施設で実験やデータ収集に参加していた。

「今日は、人造拘束術じんぞうこうそくじゅつ発動装置の起動実験を行いたいと思います。風早かぜはやくんとヤクモに、実験台になって欲しいのですが、よろしいでしょうか」

 真理奈まりなの言葉に、陸は首を傾げた。

「人造……拘束術?」

「あの装置が完成したんですね」

 付き添いで参加している桜桃ゆすらが、口を挟んだ。

「私たち術師が使用する術の中に、『怪異』の動きを封じる『拘束術こうそくじゅつ』というものがあります。たしか、私と風早かぜはやさんが初めて会った時にも使用した筈ですが、覚えていますか?」

「ああ、札を貼り付けられると動けなくなるやつですか。この前の、『牛鬼ぎゅうき』相手にも使ってましたよね。あの術を人工的に再現できるようになったということですか?」

 陸の言葉に、真理奈は頷いた。

「理論上は、限りなく近い効果を出せる筈です。その効果を確かめる為に、あなたたちに標的ターゲットとして実験に参加して欲しいのです。もちろん、術は、すぐに花蜜はなみつさんに解除してもらいます」

「俺はいいけど、ヤクモは?」

「まぁ、よかろう」

 ヤクモが、すんなりと了承したのに、陸は少し驚いた。

「お願いします。それで改善点が見付かると思います」

 真理奈は言って、陸に準備のできている実験ブースへ入るよう促した。

 実験ブースの中には、小さな砲台のようにも見える装置が置かれている。

「では、われと交代するのである」

 ヤクモが言うと同時に、陸は自分の意識が身体の深い部分に落ち込むのを感じた。

人造拘束術じんぞうこうそくじゅつ発動装置、起動します」

 マイクを通して、真理奈の声が実験ブース内に響いた。

 「人造拘束術じんぞうこうそくじゅつ発動装置」の砲口にあたる部分が青白い光を放ったと思うと、陸は、全身の痺れと共に、何かがかるような感覚を覚えた。

「たしかに動きにくくはなるが、桜桃ゆすらの術に比べれば、まだまだである」

「うん、あれは、もっとキツかったね」

 ヤクモの言葉に、陸は同意した。

「分かりました。実験を終了します。術を解除してもらうまで、ヤクモは待機していてください」

 真理奈の指示で、桜桃ゆすらが実験ブースに入ってきた。

「大丈夫ですか? 術を解除しますね」

 彼女が呪文を唱えると、陸の身体を覆っていた痺れと重圧感が嘘のように消えた。

「お疲れ様でした」

 実験ブースから出た陸に、真理奈がねぎらいの言葉をかけた。

「これが実用化できれば、『怪異』討伐も少しは容易になると思うのですが、改良の余地はありますね」

 眉尻を下げる真理奈を励ましたくなり、陸は口を開いた。

「でも、『術』を人工的に再現するなんて凄いです。俺には、どんな理屈かまでは分かりませんけど。実戦で使えるようになれば、術師でなくても『怪異』の動きを止められるし、術師の人たちの負担も軽くなりますよね」

 陸が言うと、真理奈の表情が幾分か和らいだように見えた。

「最近、真理奈の我々に対する態度が柔らかくなったのである。初めは実験動物並みの扱いであったがの」

 不意に響いたヤクモの言葉を聞いて、真理奈は一瞬、驚いたように目を見開いた。

「それは……あなたたちも、一応は協力者ですから」

 そう言って目を逸らした真理奈を見て、ヤクモが陸の脳内にささやいた。

「見よ、照れておるぞ。こうしておると可愛いではないか」

「あまり人をからかうなよ。変なことばかり覚えてくるな、君は……」

 陸は半分ほど同意しつつも、心の声でヤクモをたしなめた。

「そういえば、午後に八尋やひろ司令の会見があると聞いていますが、そろそろでは?」

 微笑みながら陸たちの様子を見守っていた桜桃ゆすらが、ふと言った。

「ああ、あと三分ほどですね。忘れるところでした」

 真理奈は壁の時計を見上げると、デスクの上のリモコンを操作した。

 すると、壁に嵌め込まれているモニターにテレビの映像が映し出される。

 今日は、「重要な情報を隠蔽している」とされていた、陸についての情報開示が行われる予定なのだ。

「俺についての情報開示だから、俺も同席したほうがいいんじゃないかって言ったんですけど、八尋やひろ司令は『矢面に立つのが自分の役目だ』って……」

 陸は、最高責任者とはいえ全てを八尋やひろに任せてしまうことに対し、少し申し訳ない気持ちを抱いていた。

「いえ、あなたの個人的なデータは公表されないとはいえ、世間の反応が読めないし、司令の判断は正しいと思います」

 真理奈の言葉に、桜桃ゆすらも頷いた。

 やがて予定の時刻が来て、八尋やひろによる会見が始まった。

「先日、『怪異戦略本部かいいせんりゃくほんぶ』が重要な情報を隠蔽しており、国民の信頼を損ねているとのご指摘があった件について、説明させていただきます」

 カメラや居並ぶ記者たちを前に、八尋やひろが演台で話している様は、大きな組織の長であると感じさせる、堂々としたものだ。

「まず、我々が危険度の高い『怪異』を使役しているとのご指摘がありましたが、それに関しては事実の誤認が見受けられます。たしかに、戦闘能力の高い『怪異』ではあっても、彼は決して危険度の高い『怪異』ではありません」

 八尋やひろは、一人の民間人が不幸な事故により「怪異」と融合したものの、「彼」の人間としての自我は保たれており、また融合した「怪異」も意思疎通が可能で、「怪異戦略本部かいいせんりゃくほんぶ」への協力を得られていると説明した。

「先日のN区における『怪異』出現においても、『彼』は逃げ遅れた民間人を救助し、また『怪異』討伐にも多大な貢献をしています。情報公開のタイミングを計っているうちに不信を招いてしまったことは、司令である私の責任です。しかし、これは前例のない事態であり、我々も手探りで対応していたことをご理解いただきたく存じます」

「その、『怪異』と融合したという民間人の身元などは非公開のままなのでしょうか」

 記者の一人から質問が飛んだ。

「『彼』は『怪異』と融合した身ではありますが、戸籍もある一人の人間でもあります。その人権を保護する必要から、氏名などの個人的な情報は非公開とさせていただきます」

 次々に投げかけられる質問をなしていく八尋やひろを、陸は、はらはらしながら見つめていたが、同時に、自分がこの場に居なくて正解だったかもしれないとも思った。

 ――自分だったら、プレッシャーに潰されて余計なことをしてしまうかもしれない……やはり、司令になるような人物は違うんだな。

 ふと陸は、人々の反応はどうなのだろうかと、ネットを確認してみることにした。

 スマートフォンでSNSのタイムラインを見た陸は、見覚えのある文字列に気付いた。

 「ハッピー怪異戦略生活」――「牛鬼」討伐の際に救助した、鈴木すずきみのるという男が動画投稿サイトに開設していると言っていたチャンネル名だ。

 添えられていたリンクから、陸は鈴木のチャンネルに飛んでみた。

 ホーム画面の説明によれば、「怪異戦略本部かいいせんりゃくほんぶ」のファン向けに、一般人が知り得るレベルではあるものの、様々な情報を解説するのが主旨らしい。

「すごいな、この人、俺なんかより『怪戦』に詳しいんだな」

 最新の動画のサムネイルには「配信中」の表示がある。

 動画を開いてみると、ミノリと名乗るアニメ調美少女の姿をしたアバターが、可愛らしい声で喋っていた。

われも知っておるぞ。これは、『ばーちゃる美少女受肉びしょうじょじゅにく』というものであろう?」

 ヤクモが得意そうに言った。

「本当に、変なことばかり覚えてくるなぁ」

 陸は苦笑しつつ、動画の音声に耳を傾けてみた。

「……実は、この前N区で『怪異』が出た時、なんと私、今うわさの『人型怪異』のお兄さんに危ないところを助けてもらいました~」

 語尾に一々いちいちハートや音符が付きそうな声で、美少女アバターが喋っている。

「国会議員のナントカって人が、『危険な怪異』なんて言ってたけどウソウソ! と~っても紳士で優しくて、ミノリ感激しちゃった! ……みんな、これからも『怪異戦略本部かいいせんりゃくほんぶ』を応援していこうね!」

 注目されている話題である所為か、コメントも結構な数が寄せられているが、陸の目から見ても、おおむね好意的なものに感じられた。

「俺も『人型怪異』の人に会ってみたい」

「謎のヒーローじゃん」

「『怪戦』解体とか無いよね」

「変なこと言ってる奴は無視でいいんじゃね」

「『怪戦』がんばれ!」

 続々と流れてくるコメントを見ているうちに、陸は胸が締めつけられるような感覚を覚えた。

「どうした陸、目が熱くなっているが、泣いておるのか?」

「いや、ただ、俺たちのやってることは無駄じゃないんだって思ってさ」

 ヤクモの問いに、陸は泣き笑いの顔で答えた。

「他言無用と言ったのに……」

 いつの間にか陸のスマートフォンを覗き込んでいた真理奈が、呆れたように呟いた。

「たぶん、鈴木さんは援護のつもりで配信してくれたんだと思います。大目に見てあげては……」

 陸は、懇願するように言った。

「それでも、一応注意はさせてもらいます。……形式的なものですが」

 真理奈が、そう言って肩をすくめた。

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