第27話 茅葺き屋根の家

 まだ日の高い午後の時間帯である所為か、田園風景の中を走る電車の中に、客の姿はほとんどない。

「この路線、線路が一本しかないけど、反対側から電車が来たら、どうするんでしょうか」

 二両しかない電車の最後尾から外を眺めつつ、普段着姿の観月みづきが言った。

「単線だから、駅で待ち合わせて、すれ違うんだ。観月みづきくんは、都会っ子だね」

 陸は、心底不思議そうな顔の観月みづきに説明した。

風早かぜはやさんも、東京出身ですよね?」

 観月みづきが首を傾げた。

「俺を育ててくれた祖父母は旅行が好きで、あちこちに連れて行ってくれたんだ。田舎だと駅前なのにコンビニすらなくて困ったこともあるけど、今となっては笑い話だよ」

 田園風景と緑豊かな山や森が互い違いに流れていく車窓を眺めて、陸は自身の幼い頃を思い出した。

 ――考えてみれば、爺ちゃんも婆ちゃんも既に高齢で大変だったろうに、旅行も、俺の為に連れて行ってくれていたんだろうな……

「君たち、物見遊山に行く訳ではないんですから、気を引き締めてくれないと」

 術師の伊織いおりの、少しとげを感じる声で、陸は思考の世界から引き戻された。

 スーツ姿で座席に腰掛けている伊織は、長い髪さえなければ普通の勤め人に見えなくもない。術師の装束は目立つので、彼らも長距離を移動する際は普通の服装になるらしい。

「『使い魔』の彼はかく、そっちの若手は……まぁ使い走りくらいはできるかもしれませんが」

 フンと鼻で笑う伊織を、観月みづきが軽く睨んだ。

観月みづきは、若くても射撃や格闘の能力が高いし優秀な隊員です。あとは判断力を養う為の経験を積むだけなので、今回も俺が捜査人員として推薦しました」

 陸たちとは反対側のロングシートに座っている来栖くるすが口を挟んだ。

 彼の言葉に観月みづきは少し頬を赤らめ、伊織は苦々しい顔で口をつぐんだ。

来栖くるすさんも伊織さんも『怪異案件』の捜査に慣れているので安心ですね。風早かぜはやさんとヤクモもいるから、鬼に金棒です」

「うむ、そうであろう」 

 来栖くるすの隣に座っている、パンツスーツ姿の桜桃ゆすらの言葉に、ヤクモが得意そうな調子で答えた。

 やや不穏になりかけた空気が回復したような気がして、陸は、何とはなしに安堵した。

 そうこうしているうちに、一行は目的地の駅に到着した。

 駅は無人で、小屋のような駅舎に切符や整理券を回収する箱が設置されているだけだ。

 周辺には雑貨店らしき店が数軒あるものの、営業時間が終了したのか、あるいは、そもそも使用されていないのか、いずれもシャッターが下りていた。

 そろそろ日が傾き、薄闇が迫りつつある、ロータリーと言うには小さい駅前のスペースに一台のワゴン車が停まっている。

「『怪異戦略本部かいいせんりゃくほんぶ』の方たちですよね」

 ワゴン車の傍に佇んでいた人物が一行に近付いてきた。一見どこにでもいそうな、眼鏡をかけ、MA-1にデニムという姿の中年男である。

「『怪戦〇〇支部』所属の術師、山吹やまぶきと申します。集落には、こちらの車でご案内します。バスは終わってしまって、タクシーもありませんので」

 身分証を見せながら、山吹が言った。

 陸たちは、軽く挨拶を済ませると、荷物を持ってワゴン車に乗り込んだ。

 木々に囲まれ、車同士が、やっとすれ違えるくらいの細い道を、ワゴン車は安全運転で進んでいく。

「この辺りを管轄する支部があるのに、どうして俺たちが呼ばれるんですかね」

「君、話を聞いていなかったのかね」

 観月みづきの言葉に、伊織がため息交じりに返した。

「うちの支部も人手が足りなくてですね。こんな田舎だから術師も戦闘員も十分に確保できていないんですよ。そこに『怪異案件』が起きた訳ですが、ひのと級の私一人の手には負えないと判断したので、『本部』に応援を要請したんです。遠くから、わざわざ申し訳ありません」

 ハンドルを握っている山吹が、本当に申し訳なさそうな様子で言った。

「いえ、責めるつもりとかじゃなくて……すみません」

 観月みづきが、肩をすぼめた。

 山吹やまぶきの言う通り、陸たちは北関東の小さな集落で起きた「怪異案件」の捜査に訪れている。

 中央にいると分かりにくいが、人口密度に比例して「怪異」への備えが手薄になりがちなのは否めない。「怪異」が出現する確率は、世界中どこでも変わらないのに、だ。

 やはり、先日テレビでインタビューに答えていた若手議員の言うような「怪異戦略本部かいいせんりゃくほんぶ」の縮小や解体など、あってはならないのだ――陸は、そんな思いを強く持った。

 やがて、一行を乗せたワゴン車は集落に到着した。

 一軒の農家らしき茅葺かやぶき屋根の大きな家の前に停車すると、山吹やまぶきが一同に声をかけた。

「集落には宿泊施設もありませんから、こちらのお宅に滞在していただきます。もちろん、住民の方たちには話をつけてありますので」

「なるほど、後で、かかった経費を本部へ請求してもらわなければいけませんね」

 伊織が頷きながら言った。 

 一方、陸たちが到着したのに気付いたのか、家の中から住人であろう老夫婦が姿を現した。

「『怪戦』の人たちだね、よく来なすった」

「むさくるしいところですが、どうぞ、上がってください」

 二人に促されて入った家の中には都会の住宅には見られない囲炉裏などがあり、昔話に出てきそうな雰囲気をかもし出している。

「絵本に出てきそうな家ですね」

「私らには普通だけど、都会の人には珍しいのかねぇ」

 物珍しそうに周囲を見回す観月みづきを見て、老夫婦が微笑んだ。

「こんな大人数で、何だか申し訳ないです」

 来栖くるすが言うと、老人が、いやいやと首を振った。

「昔は、大勢の家族で住んでいた家だ。これくらい、どうということはないさ。今は、みんな都会に出てしまったがな」

 老夫婦と、手伝いに来た近隣の者たちによって振舞われた夕食に舌鼓を打ち、長い移動で疲れていた陸たちも、人心地がついた。

「東京から術師の人が来てくれたなら安心よね……あなたも、術師なの?」

 手伝いに来ていた女性の一人に問いかけられ、陸は一瞬戸惑った。

「ええと……俺は、そちらの術師の方の助手みたいなもの……です」

 そう言って、陸が桜桃ゆすらのほうを見ると、彼女は黙って微笑んだ。

「そうよねぇ、戦闘部隊の人にしては細っこいと思ったのよ」

 女性の言葉に、陸は隣りに座っている来栖くるす観月みづきを見た。

 来栖くるすは言わずもがな、観月みづき来栖くるすには及ばずとも、よく見れば日頃の鍛錬がうかがえる精悍な体つきをしている。

 ――これでも、以前に比べて筋肉は付いてきたんだけどな。帰ったら、トレーニングのメニューを増やそう……

われの力があれば、其方そなたが特段に鍛える必要もないのである」

 何となく考えていた陸の脳内に、ヤクモの声が響いた。

「聞こえてた? まぁ、もうちょっと筋肉付いてたほうがカッコいいかなって」

「ふむ、人間とは、変なところを気にするものであるな。して、カッコよくなった姿を誰に見せるのであるか?」

 ヤクモに問われて、陸は、ふと真理奈まりなの顔を思い浮かべた。

 ――見た目にもたくましくなれば、多少は俺を頼ってくれたりするだろうか。

 たまゆら、陸は、そんなことを考えた。しかし、ヤクモに知られるかもしれないと、なぜか恥ずかしく思った彼は、慌てて真理奈のイメージを打ち消した。

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