柚宇とマシンガンと女の子(名前はけい)

 柚宇は、いつの間にか、懐かしい景色の中にいた。浜辺で、がんじがらめに身動き一つ、取れないよう、大木のつたによって、動けないよう、縛り上げられた、自分。あの頃は、きつかった。あれに比べたら、あとのどんな痛みも、取るに足らないものだ、と思う。は、と目が覚めた。兎瓦けいの、部屋だった。

「、、、花男」

 聞こえたのは、けいの、声だった。この上なく、安心した。

「早く起きろよ、おめえ。死なねえんだろ」 安心した、2秒後に、イラっとした。がばあっと、起き上がる、カエル。疲れた目で、自分を見下ろすけいを、見てまた、安心した。

 ふ、と言い、けいは、パジャマ姿で立ち上がり、電球に手を伸ばした。カエルを睨む。「花男よー。聞いてっか?花男。あれから、おめ、ポケットに入れて、電車乗り継いで、やっとのことで栃木まで帰って来たんだぞ?むしろ、、、」

 けいは、電気を消した。

「水族館より、満員電車の中の方が、死にそうだったっつうの」

 カエルを手に優しく抱えた女の子は、そっと、我が身の懐に入れた。

「今日だけな」

 カエルは憎まれ口を叩いた。

「いや、お断りだ、イシアガン」

「へ」

 けいは、がし、と柚宇を捕まえた。家の近くを車が、通ったらしい。 暗い部屋で、ライトが走った。

「今、花男になったら、マジですり潰すかんな?なんなよ?」

 柚宇は、答えない。意味が解っていない。

「絶対、なんなよ?一回と言わず、2、3回殺してやるからな?」

 柚宇は、何かの答えに行きついた。

「小娘、てめえの体なんか、全く興味、」

 言葉は、カエルの唇をつまむことで、さえぎられた。

「今日は、守ってくれてありがとう。お月様」

 ちゅ_。 

 顔を真っ赤にして、布団をかぶる、けい。柚宇は、普通に心の中で、ガッツポーズを数パターン、決めていた。

 -

「ちなっちゃん?」

「?」

 PARCO一階のスタバで、2人の女子高生は、ぶちぶちと雑草のように、意味のない会話を続けている。

 けいは、新聞を持って、尋ねた。ちなつは、それに覗き込んだ。

「こんなかで、どれが一番おもしろいべ?」

 ちなつは、しかめっ面を繰り出した。質問には、まだ答えていない。

「ええ? 奈良と行きなよ」

「いや、まあ誰と行くかはまだ決めて、さ、ねえんだけど」

「だから、あんたのウソは石田純一以下だっつうの、、、!あ!別の男?今、ぴんときたよ。ここに、この耳の裏っかわに、ほら見て毛立ってる。けい、毛見て?っぷ!ほら、ほら、見てよ。毛、、、!けいに、毛、、、!」

「うるっせえし!なんか腹立った、今ァ!」

「あっはっはっはは、やべえ、ツボ入った!」

 何気ない日常とは、かくも尊いものである。ちなみに、ここが物語のシメでは、断じてない。

 -

 屋上にて、引き続き、カエルからの変態レクチャーを受けるけい。

 けいは、言った。今、彼氏の奈良さとしが、けいの横に来た。

「っちゃっちゃい!」

 奇声とともに、カエルをポケットにしまうけい。

「あん?」

 奈良は、ついに自分の彼女は気を違えた、と思った。

「、、、。聞いてくれよ、けい」

 沈んだトーンで、話し出す奈良。頭のおかしくなった彼女のことなど、特に、気にもとめていない様子だ。いつものことである。

 坂口君の話だろうな、と思った。

 さとしは口を開いた。

「マシンガンさ」

 けいは、ぎょっとした。思わぬ単語が、出てきた。

「、、、マシンガン、おれ、買おうかな、と思ってて」

「は?」

 猛烈に、焦った自分を呪うけい。今、彼氏とプラモデル屋に、来ている。

 興味のない物体を、眺めるけいは頭の中で、ああ、この無駄な今、現在の映像は、明日の朝には、ゴミを出すように、まっさらに消えているのだろう、と思った。しかし、目をきらきらさせた、奈良の顔を見るのは、嫌いじゃない。

「このタイプさーこれさー!うおおおっどっちがいいかなあ、おれとしてはさー」

 けいは、やはり帰りたくなった。もぞもぞと動くカエルが、さっきから自分のけつを触ろうとしている気がしてならない。

「ま、なんつーの、雨はいつか晴れになるっつうじゃん? なんか、もう別人とまでは、いかないんだけどさ、坂口あれから、めっちゃ機嫌いいんだよね!」

「いいじゃん、いいじゃん。名前、何ていう子?」

「それがさ」

 立ち止まる、奈良。お、自転車来てるよ、と言おうとしたけい。

「けいっつうんだって」

 ちりりん。

「おっと」

 奈良は、けいの二の腕を持ってどか、と自転車を、道連れにかわした。おばちゃんを驚かせてしまった。

「へえ」

 奈良はちょっとびっくりした。けい、なんてそこまで、そんな仰天するほど珍しい名前では、ないと思う。だが、兎瓦けいは、悪夢を予感するような顔で、自転車に乗ったおばさんを見送るのみである。

 カエルは、黙っていた。

 -

 みさきは、言った。

「待ってたよ、さとしくーん!」

「え、どうして?です?」

 けいは、無視して二階へ上がろうと、した。

「いやあ、最近、この子、根暗でねなんていうんだろ、一人で水族館行きたい、、、!おかしいでしょ? そんなこと言いだしたりね?あと独り言を部屋で、いつも」

「はいはいはい、あの、みさきさん、あなたは消えてください、今すぐです」

 ははは、と笑う奈良。呼吸を荒くして、二階へ上がる、けいと奈良(に加えて、本当はポケットの中のカエル)は、けいの部屋の前で、あるものが落ちてるのが、目に入ったのだった。紙である。誰の字だろう。やたら、達筆である。

 こう、書いてある。

 <地球様>とだけ、書いてある。

「またかよ」

 奈良は、いきなり怒りが沸点近くに上がった。びり、と破るさとし。

「坂口、おかしくした連中だろ、どうせ」

 本気でイラ立ってる、さとしを見るのは、久しぶりだった。自分には、怖くはないが、とけいは思った。

「ん?」

 部屋の中で、ベッドに腰掛け、新しく買ったステレオの、スイッチをONにするさとしを見るけいの頭の中で、ぴかん、とツジツマが合うものがあった。ちなつの言葉である。

 <地球っていう子と会ったんだよね?その子、すっげえおもしろくてさ。独り言多いとことか、あんたにそっくりだって思ってさ>

「あ」と言った。さっきから、けいは 

「どうした、けい?なあ、聞いてんじゃん、このCD借りていい?おれのDVD付いてないヤツだったんだよね?」

 さっきから、けいは、悪い予感が止まらない。

「ああああ!」

 下から、駆け上がってきたのは、母親みさきである。失礼ながら、お世辞にも若いとは言えない。が、意思固い素敵な笑顔を持った女性である。

「言い忘れてた、けい!その紙ね?なんか変な女の子が置いていったのよ?友達?その子、これを見れば、けいちゃん、わかりますって」

 けいは、さっきから、

「おいおい!おい!けい!顔、真っ青だぞ、けい!こっち見ろこ」

 -

「惑星巫天?」

 さとしは、また怖い顔になってしまった。

 けいは、恐る恐る会話を進める。これは、後日の話である。地球様、書き置き事件は疲れてるんじゃないか、お前と言って帰ったさとしを、送り届けることで、幕を閉じたのである。

 実は、兎瓦けい。あれから、一睡もしていない。

「うん。聞いたことある?っていうか知ってる?」

 何か言おうとして、一回考え、奈良は思い切って一言発した。と同時に、ばん、と安いカフェのテーブルを打った。

「やめろ! 忘れろ!ふつうに、戻ってくれよ、けい!」

「、、、ぁ。」

 疲れているけいは、怒号の類いは、余りにも身体にさわる。この話はやめよう。と思った。彼氏には、聞いて欲しかったのにと思った。その願いが、少し通じたらしい。さとしは、頭をかきながら、なかなか細目だが、鼻筋の通った、顔をしかめながら、言った。

「坂口に教えてもらったんだよ、ははは、お前と同じ名前の神様がいる、やつだろ?聞けよ!なんだと思う?昆虫!あの、ちっこいアリな!うけっぺ?」

「その中に、カマキリ、、、いた? 、、、。きゅ、9人くらい、いなかった?えっとあと、、、カエル、、、とか、よ?」

 ばん!!! また、テーブルが叩かれた。

 けいは、半泣き気味になった。

「けい!」

 奈良は、これが彼女のためなのだと思った。なぜ、おれの身の回りの人間は、皆危ない宗教に身を染めていくのだ、なんかいろいろ、、、奈良は、思考を止めた。

「トイレ行ってくる」

 奈良は席を立ったが、身体が前に進まなかった。単に、自分の衣服を強い力で、つままれていたからである。半泣き顔のけいであった。

「ひとりにしないで」

 奈良は、びっくりした。一瞬、不謹慎にもかわいい、と思ってしまったが、そんな邪念は瞬き一つで、吹き消し、けいに叫んだ。

「なんかこええこと、あったんけ、おめっ?」

 -

「過去の、、地球?過去に行って来たんけおめ?ドラえもんみたいに?」

「、、、」

 信じて、という視線を外そうとしないけい。奈良は、何を見るでもなく何かを凝視しながら、言った。

「いいか、、?うーん。あのシャチたち、いたろ、けい?多分、あれ特殊の催眠剤か、なんかで、な?だって、あの変なちっこいの来てからお前も、坂口もおかしくなったし、」

「うん」

 奈良の手をにぎって、安心しようとする、けい。まんざらでもない、奈良。

「たぶん、そうだって!はは!今わかった、けい!病院行け!ほら、坂口も病院行って良くなったべよ?始めから、あのマシンガンとかいうのは、はは、居なかったんだって!」

「うん」

 しかし、けいは少しづつ、むっときていた。

「ははは!おれ、頭いいっぺよ!?そうだ、催眠だ!実はあのキリンも、佐々木先生が言ったみたいに集団催眠だったんじゃねえか!?ははは」

 最後の一言が、けいの中のあるスイッチを押した。

「なあ、けい! よかったな、あのうぜえシャチいなくなって!」

 キ、と彼氏を見つめる、というより睨むけい。ゆっくり手を自分の元へ戻す。

「いや、なんつうかよ。マシンガンは、、、マシンガンはなんも悪くねえんだけどよ?マシンガンと小山ちゃんと自治医大と鹿沼にはよ?悪い敵がいてよ?」

 奈良の顔が、鬼神になった。

 びくっとなる、けい。

「悪い!?敵!?おめえさ!!はっきり言う!頭おかしい!おい、ゆっくり言うぞ!あ・た・ま・が・お」

 けいの中で、何かが切れた。音を立てて。カエルには、その音が聞こえる思いだった。

「おっめえに何がわかんだっつうの、このすっとこどっこい!!!!!!こちとらよ!?その変な奴らのせいで、千葉の水族館で死にかけたっつうのによ、、!?それを、、、!」

 けいは、ぼろぼろと泣き始めた。

「てめえなんか、彼氏でもなんでもねえよ!かっこつけて、現実現実宗教宗教言ってろよ!あ!?あたしの言葉も信じてくれねえような、器ちっちぇサル彼氏でもなんでもねえっていってっぺ!?」

「な、、、」

 しかし、奈良もけいのために、ここのところは、ずっと気を病んでいたのだ。だが、口で女性に敵うはずはない。舌打ちをする、さとし。

「もういいよ、ブス。せっかく、心配してやってんのに」

「別れるって言って?」

 その一言が、今度は、奈良を切れさせた。

「うっせんだよ、ブス!てめえ、しつけんだよ!バカ!この、」

 しかし、言葉が思いつかない。

「この、」

 そこに、けいが真っすぐな目で責める。

「別れるって言って?ばかさとし」

 勢いよく、そっぽ向いて、鉄砲水のように、一人で店を出る、さとし。捨て台詞があった。

「バカ。一生、神とか言ってろ、死ね。ブス」だった。さっきと内容はさほど変わってない。

 一人で、席についたけいは、もう泣いていなかった。ポケットから出てきた、カエルは、ため息混じりに、水のこぼれたテーブルを紙ナプキンで、拭いた。

 -

 柚宇は、さっきから、言葉を選び、それの終わらない、繰り返しでああ、胃にくる、と思っていた。けいは、石像のように、布団に収まっている。枕が、水分を吸収し過ぎて、ひどいことになっている。柚宇は、ここまで、目のすわった女を初めて、見た。

「けい!気にすんなって。何万年も、いや、もっとか?生きてきたおれにとっちゃ、あんなのもう超、日常茶飯事だって。つうか、もっと、いい男選べよ!な?おれが、すれ違うたびに点数つけてやるから、な」

「うん」

「いや、お前さっきから、うん、しか言ってねえじゃん。おれが何言っても、もう、うんしか言わねえんだろ?」

「うん」

「小娘ェ!」

 がばっと、カエルは女の子に捕獲され、胸元に入れられた。

「、、、前回、あの日だけって言ってなかったっけ?」

 柚宇が、とりあえず、言い放つ。けいは、ぐじゃぐじゃの顔で、弱弱しく、言葉を放った。

「もう、花男で、いいや」

「あの、いや、おれの決定権は?」

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