カマキリとマシンガンと女の子(名前はけい)

 マシンガンは呟いた。

 「しまった。けいは、どこだ」

 ここは、シャチが出現した公園。天気は、現在は、晴れである。

「しまった」

 兎瓦けいは、忽然と姿を消してしまった。

 草の原。小さく佇むその群れは、小さい生態系を公園の中に、紡いでいた。人工だが。

 カマキリが居た。

「お前!兎瓦けいを知ってるか!」

 カマキリが口を聞くはずは、なかった。カマキリは、近付いてきた海洋哺乳類に、威嚇のポーズを取った。

「なんだ、きさま。シャチに歯向かう気か、むしめ。おもしろい!」

 一番おもしろいのは、自身だった。


 第4話~カマキリとマシンガンと女の子


「だって~!」

 すぐに、けいは見つかった。彼氏と、会っていた。どう考えても、わるいことでは、ない。

「お前は、まったく、いっしょに来い、と言ったのに」

 不機嫌、ここ極まれり、といった態度のマシンガン。

「いや、わたし無理ってはっきり言ったし」

「お前、頭おかしいんじゃないのか?あんな、不可解なことに巻き込まれておいて、なぜすぐに、日常に戻れるのだ!」「あんたらのおかげじゃねえか?」

 けいは、鋭く返した。

「、、、あのう。」

 居場所を、見つけづらい感じで、立っていたのは、けいと同い年の男子だった。この子が彼氏らしい。

「、、、あ、マシンガン。紹介すっけどよ、これが、わたしの元カレの」

「、、、も、もう元になった!?」

「元カレのさとし君です」

「ちょ!ちょっとお前、頭の切り替え早過ぎっぺよ!もう、別れたん?おれら」

「、、、。だべ?、、、そっちが言ってきたんだべ?」

「、、、。いや、あれは、なんつか、お前最近おかしいから、なんか、ごめん!本気じゃなかった、かも」

「はー?ぶー。だめ、もう届け、出しちゃったし」

「いやいや、結婚じゃあるめえし、そんなんねえべよ」

「おい!高校生」マシンガンが割り込んだ。

「誰の、許可を得て、けいと、付き合っとるんだ?」

 また、おかしい感じになってる、とけいは思った。三人が、公開漫才を繰り広げているのは、この前、行ったデパートの三階にある、ちょっと安めのカフェである。PARCOのスタバより、安いので、しょっちゅう会う彼氏と、小話をするぐらいなら、ここで、と決めてある。テーブルには、さとし君の前には、普通のブラックコーヒー。けいの前には、ほにゃららラテがあった。種類はそれほど、問題ではない。

「誰の、、、許可?、、、いや、その前に、これ確か、この前、学校でキリンと、、、」

「そうそう。そうそうそう。そうです。、、、じゃあ、行きましょう、さとしくん」

「おい。」

 電撃が唸った。マシンガンの逆鱗は、あたりのテーブルまでも、ぐらぐらと揺らし、ばつん、と隣りの店の電球を、数個ほど割った。ざわざわ、と騒ぎ始める周り。

「おい」もう一度同じ声を発し、彼の模様は、身体からはみ出、空気中にへび花火のように、不気味に解き放たれた。

「な、なんかしようとしてる!!!ちょっとさとしくん、マシンガンに謝って!!!」

「はあ!?」

「ちょっと君たち、この騒ぎはなんだね!それから、その変な、サンショウウオは!?」

「サンショウウオだあ!?」

 マシンガンは、怒った。怒ってしまった。「ねえ、、!あれなに!?」「シャチ、、、!?」「ち、ちっさくねえ!?」「犬かなんかの着ぐるみ??」

「すいませんすいません、ひー、なんでもないんです!」

 五分後。三人は、例の公園へ向かっていた。

「そうか、そういうことなら、いい。けいも惚れた男なのだな」

「いや、もう別れたんだけど」

「ちょっとーけい、お前さあ!しつこいよ!うそだったって、さっきから言ってっぺや!」

「そんな都合よく、撤回できっと思うな?ふん」

 だが、べつに、けいは、それほど癇に障ってる様子でもなかった。安心は、していたらしい。

 公園に、着いた。着くなり、おかしいことになった。

「マシンガン?あれどこ?」

 そのときである。今まで、なんともなかった、けいの顔が、突然、痛みだした。「??」

 きつい痛みというわけでは、なかったが、なんともいやな、べつのものが動いているような、そんな違和感、に近い痛みが、おでこの辺りを走っている。なんだ、これは。

 しかし、平気なフリもできる程度のものだったので、彼氏には、悟られずに済んだ。けいは、強がりだった。

「あいつ、いきなりどこに消えた??」

 わしづかみをするように、何か頭の中で、つじつまが合った。無意識だったが。そして次の瞬間。マシンガンは、眼前に現れた。ひどい姿だった。

「マシンガン?」「なんだ、これ!おい獣医!」二人は、動揺した。

「?なんだ、私はケガなどしてないぞ?」

 まったくの平気という態度だった。強がりを演じられるタイプとも思えないし、どうやら、身体が血まみれになっているのは、重傷を負っている、とは別の理由があるらしい。

「うぐ、、、!」

 口を手で抑えた、けいは、いきなりうずくまった。

「げぇ、、、」

 胃液のようなものを、吐き出した。

「けい!おい」

 背中をなでながら、さとしは声をかけた。

「どどどどどうしたんだ、お前?だいじょうぶけ?」

 マシンガンは、音を弾いた。「さきほどのシャチだな!」

 すさまじく遠くまで、響く爆音である。小さく、Rolling Stonesの曲まで、例のごとく鳴らし始めている。

 マシンガンの体についていたと思っていた大量の血は、今では、完全に消えていた。さとしは、目をぬぐった。

「あ、あれ!?、、、!おい、けい!な、どうしたって!」

 けいは、ぐったりと何かに耐えていた。痛みに、というより、呼吸がしづらい様子だった。

「く、くそ!しゃ、シャチさん!けい、どうしちゃったんだろ!?」

 マシンガンは、二人の方など、向いては居ない。ここは、公園入り口。二人は、まだ、道路にいた。視界の奥、小さく陣取る草っぱらは、ざわざわ、とマシンガンの声を聞いているようにも、思えた。

「おい あれだ あのシャチの正体。ち、、、こいつらだ。」

 マシンガンは、音量を、下げない。

 マシンガンが、あれだ、と言った対象。それは、その草っぱらに向かって、だった。

 特に何がいるようにも見えない。

「ちょ、ちょっとおれ、けい、病院に連れてくる」

「そうしてくれ。だが、たぶん、だいじょうぶだ、死にはしない。大した」

「なんでお前にそんなことわかんだよ、じゃあ行ってくる!」「待て、小僧!どうにも癇に障る口ぶりだな、今のは!」

 そして、さとしはけいとともに、消えていた。ふう、と怒りを抑えるマシンガン。そのとき、草が動いた。いや、しなった。

 背びれが見える。高い。おそらく、1.8mはある。さっきまで、あんなものは、なかった。

 ぽちゃん。

 大きなしずくが、マシンガンの頭を打った。気にもとめないマシンガン。

 ぽちゃん。また、同じ場所を水滴が打った。

 ぽちゃん。三度目の音と同時に、マシンガンの視界に、何かが現れた。それは、小さい虫たちの集団である。カマキリ。カブトムシ。アリ。おそらくチョウにガ。おそらくタイコウチ(なぜか、陸に上がっている)。この6匹、である。種類も別々の虫たちが集っている。まずあり得ない自然である。

「、、、。」

 警戒を画に描いたような、マシンガン。

 カマキリが口を聞いた。さっき、出くわしたカマキリ、かも、知れない。

「酸素。わたしは、へへへ酸素様よ。わたしはね 怒ってるのよ?マシンガンさん」

 何かが、加速した。これは、おそらく、形容しようのないおかしな、鼓動。

 時間が速く動いているような気がした。

 時間が、速く動いていた。マシンガンは、声を発した。

「かや」

 誰かの名前のようだった。「レノン。ツチノト。カミオカまや。ハンダあさり。カミオカじょうすけ」

 言い終えたマシンガンは、さきほどの、カマキリの台詞への返事は、放棄した。カマキリは再び、口を聞いた。

「こんにちは、シャチさん」

 静けさが訪れた。マシンガンは、草の中の背びれが動いたのが、わかった。あのシャチは、おそらくさきほど、サバの血から現れたシャチである。いろいろなシャチが、いる。

 けいが、帰ってきていた。「だいじょうぶ?マシンガン!」

 さとしは居なかった。自分はだいじょうぶだ、と言って、黙って来たのだろう。マシンガンは、草っぱらを見つめたまま、反応した。

「おかえり。」

 けいは、笑いをこらえながら、同じ事を口にした。

「だいじょうぶけ!?」

「だいじょうぶかは、わからない、まだ」

「虫!?今度は、虫の恩返し!?ようし、」

 ギターを手に抱え、けいは、何かのポーズを取った。意味の解らない、慣れと使命感が生まれていた。

「自覚が出てきたのは、うれしいことだが、けい、今回はちょっとそういう類いの交わりではない。どうやら、友好的でないみたいだぞ、あの虫、、、虫というか。。。」

「?もう、いつもわかんねえから、いいけど、お前の言ってっことは、じゃあわたしはどうすりゃいいんだい?ん?」

 ばさあ、シャチが草を押しのけてやってきた。陸での、這いつくばる様は、あまりにも見慣れない。ぶち、と前の虫を轢いてしまったようにも、見えた。

「逃げるぞ、けい!」

「はいい!??」

 シャチが向かってきた。口は、開いていた。聞いたことのない、音がした。一つは、連続的に床を打つような、低く鈍い音、もう一つは甲高い。

「逃げろ、けいぃ!」

 尾びれは、ななめ上から、マシンガンを襲った。と、同時に胸をえぐるような、低い振動が、けいを襲った。「??」おそらくシャチではない、シャチに似た具象のこの存在は、モード的には、どうやら食い殺す、そういう動機に違いなかった。

 ばきん。なんと、尾びれをマシンガンにかわされたシャチは、自身の体をコンクリートに打ちつけた、そのままずぎゃり、と溶け込むように、道路の内部に入ってしまった。

「逃げるぞ、けいぃ!!!!!」

「聞いてるって!うわあ、なんだったんだろ、さっきの変な低い音!!!」

 一瞬の沈黙を挟み、ばりばり、とけいの足元が割れた。

「きゃあ!!!」

 ばりい。マシンガンの電撃が、けいを跳ね飛ばした。シャチは、えぐり込むように、口をばくん、と閉じた。再び、道路に入った。

「あっぶねえ、食い殺されるとこだったったったぺよ!げえええええ!!!」

 こういうときの女性の、度胸ったら、ない。けいは、本気で怖がっていたのか、怪しかった。もうすでに、どっか頭のネジが飛んでいたのかもしれない。

 音がした。けたたましく高い音は、逃げる二頭の前を遮る柱のように感じた。

「逆だ、戻るぞ!けい!」

 あわてて引きかえした二頭の地面、その足元が割れた。

「しまった!」

 ぐおん、と割れ目から、尾びれが、電柱をへし折る勢いで、スイングされた。けいはしゃがみ、かわした。マシンガンは、もろに喰らってしまった。ぱん!一回融解した、マシンガンの体は、次の瞬間には、元に戻っていた。

「ふん、電化製品を殺せると思うな!?」

「お前ら、そうだったの!?」「エアコンディショナーからやってきた、と言ったろう!」「そのものだったんけ!?」

 別の音がした。

 こここここここここここここここここっこここここここここここ、連続に打ち出されたにぶいクリック音は、逃げる二頭を打った。リズムが、崩される感じだった。と思ったら、一瞬、方向感覚バランス感覚までもが、揺さぶられた。何もないところで、こけるけい。

「あわん!」地面が割れ、背びれがコンクリートを裂いた。女子高生に、3m先まで、迫っているのは、シャチだった。ここは住宅地である。

 ぎゃんと回った。けいの周りのコンクリートを裂いたのである。引いたのは、けいを中点にしたような、円である。理由は不明。

「逃げろ、けい!そいつはお前を喰おうとしてるわけでは、ない!」

「???」

 腰が抜けたような気がしたけいは、もう、即座に立て直し、逃げることなど不可能だった。

「くそ!」マシンガンは叫んだ。

 けいは、思い出した。サバの出血大サービス事件である。そして、さっきのつじつまが合ったような内なる感覚も同時に思い出した。けいは、本当に怖がっていなかった。自分で、その理由がわかった。

「わたし、このシャチ、知ってる」

 マシンガンは、声を出した。出したが、次の瞬間。ぶし。

 首が飛んだ。けいのもの、である。シャチが、出現してその歯で、噛みちぎったわけではなかった。勝手にとんだのだ。

 ぶるる

 そこには、なかったはずの、おそらくさっきの公園に置いてきたはずのギターが、在った。震えていた。もうシャチは、二度と姿を現すことはなかった。

「けい!」

 生首は、次の瞬間、こつぜんと消え、再び、腫瘍よろしくギターに宿った。

 ぷるぷると震えている、けいの「本体」。

 けいは、元に戻った。

「あれ?」

 声が全く変わっていた。マシンガンは、恐れおののいた。「ケイ!」

「、、、?」

 そこにいたのは、兎瓦けいには違いなかった。外見に違いはなかったが、何か かもすものが、変わり果てていた。言葉を発した。瞬間、髪の毛、つむじから2本、新しい毛が出た。毛では、なかった。おしべとめしべ、花についている生殖器のように、見えた。

「、、、。」

 目を半開きにし、起こす行動は、いちいちが、さっきまでの人間とは違えていた。

 ぺた、ぺたと、自身の体を触り、焦点の合ってない目は、不可思議な、まつ毛を新しくもたらしている。

「すずね?」

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