第40話 ボーガン
佐藤悠斗は、神保株式会社での過酷な日々を乗り越えて新しい職場に転職したものの、心の中の歪みはどうしても修復できなかった。新しい環境で、彼は周囲の人々の優しさに接し、以前のような厳しい圧力から解放されていた。しかし、その優しさすら、彼にとってはどこか偽善的に見えた。何もかもが無意味に思え、彼の心は徐々に冷えていった。薄いカーテン越しに差し込む朝日を眺めながら、佐藤はその日常の無力さを痛感していた。
新しい職場の静かな日常も、佐藤にとっては耐えられなかった。小さな不満や苛立ちは次第に蓄積し、ついには些細な出来事に対しても過剰に反応するようになった。その一つが、近所のファミリーマートで起こった出来事だった。
その日、佐藤は仕事帰りにそのファミリーマートに立ち寄った。普段は、少し疲れを癒やすために店内のイートインスペースで軽食をとるのが彼の日課だった。しかし、店内に入ると、そこにはもはや彼が慣れ親しんだスペースはなかった。代わりに、椅子は撤去され、商品棚が並べられているだけだった。
「なにこれ…」
佐藤は足を止め、動揺の色を隠せなかった。小さな変化に過敏になっていた彼の心は、すぐにその出来事を異常に大きな問題と捉えてしまった。周囲の目も気にせず、店員に向かって叫んだ。
「どうしてこんなことになってるんだ!?あのスペースはどうした!?俺はあそこで休むのが日課なんだぞ!」
店員は驚き、何とか答えようとしたが、その言葉は佐藤の怒りを鎮めることはできなかった。
「お客様、こちらは本部からの指示で…」
「本部のせいだと?いつだってお前らは、上司や本部のせいにして自分たちの責任を逃げるんだ!」佐藤の声は次第に高まり、店員は恐れおののきながら言葉を探していた。
佐藤はその店員に向かって、冷徹に言った。「この店も、この世界も、何もかもが壊れているんだ。お前ら、何も考えてないだろ?」
そのまま佐藤はレジ台に手を伸ばし、目の前の金属製の重い物体を掴み取るようにして拳を握りしめた。店員はその行動を見て後退り、店内は一瞬、死寂に包まれた。
「お前らが何をしているのか、何も理解していないんだ!」佐藤はさらに怒りを爆発させ、その金属の物体を店員に向けて突きつけた。店内には悲鳴が響き、恐怖に震える店員は言葉を発する暇もなかった。
その瞬間、佐藤は自分が手にした物体を引き金として、思わず引き起こしてしまった行動の重さを感じ取った。店内で響く銃声。その音が鳴り響いた瞬間、店員はその場に倒れ、床に広がる血の海が、佐藤にとってはまるで夢の中の出来事のように感じられた。
だが、その後悔の念は、どこにも現れなかった。佐藤の心には、ただ虚無感だけが広がっていった。何もかもが無意味で、もはや何も感じることはできなかった。彼の心の中で切れてしまった最後の糸を、無意識のうちに彼は切り離してしまった。
その後、警察がすぐに現場に到着したが、佐藤は何も言わず、ただその場で静かに立っていた。彼は手に持っていた金属製の物体をゆっくりと下ろし、警察官に捕まるまでは一切抵抗しなかった。警察官が叫ぶ。
「お前、何をしたんだ!?」
佐藤は静かに答えた。「すべてが壊れていたから。何もかもが無意味で、最後の糸が切れたんだ」
その後、彼はすぐに逮捕され、精神的な障害が原因とされる裁判が行われた。佐藤は一切の弁解をしなかった。彼の心はすでにその行動を正当化する理由を持っていなかったし、後悔の感情も湧かなかった。
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佐藤が服役することになったのは、彼が犯した暴力行為が単なる衝動的なものではなく、深刻な精神的問題に起因するものであったためだ。刑務所内でも、彼の心は決して回復することはなかった。むしろ、その環境は彼をさらに閉塞感で包み込んでいった。
ある日、佐藤は他の囚人とのやり取りの中で、ひょんなことからボーガンを手に入れることになる。ボーガン。それは、彼の心の中でますます強くなった怒りと虚無感を具現化する道具となった。
ボーガンを手に入れた佐藤は、心の中で一つの確信を得た。これが自分の「力」だと。社会に対する反抗の象徴として、それを手にすることで、彼は自分の無力さを補おうとしたのだ。だが、その「力」を持つことで、佐藤の中の怒りや絶望はますます膨れ上がり、彼の精神は更に深い闇へと沈み込んでいった。
刑務所の中で、彼はもはや暴力的な衝動を抑えることができず、ボーガンを使うことが自己表現となり、他者を支配する唯一の手段に変わっていった。佐藤は、ますます自分を暴力の道具として感じ、社会に対する完全な無力感を抱き続けながら、孤独な日々を送っていた。
ボーガンは、佐藤にとって単なる物理的な武器ではなかった。それは、彼の中で全てが壊れた証であり、社会が彼に与えた無関心と冷徹さに対する復讐の手段だった。
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