第10話 妖怪退治

 勘四郎は気が進まなかった。


 昔から怪談話しは大の苦手、幽霊などと言う物などは一度も観たことは無い。


 観た事はないが、観たと言う者は居るのだ。


 それを考えると、実在するのであろう。


 さすれば妖怪なるものも同様どうようだ。


 今からその観たことないものを、とうとう目撃する事になるのであろうか。


 観るだけではない、今からそれを斬らねばならぬのだ。


 斬るのは武蔵だ。


 その証拠に、兵庫助より貸し与えられた四振よんふりりの刀を、背中にかつがされて居る。


 武蔵のえ刀である。


 武蔵の背中を観て着いて行くだけならば良いのだが、それだけでは終わらない様な気がする。


 いや、終われない、自分だって一人前の兵法者だと言う自尊心プライドがある。


 女人や荷持にもちちは宿に置いて来ている。


 兵庫助を入れて柳生の剣士は五人、それと忍びの八郎。


 武蔵と自分を合わせると、計八人だ。


 天下に名のある剣の達人が二人も居るのだ、それだけは心強い。


 天下無双てんかむそうほこ剣技けんぎを目の前で拝見出来はいけんできるのだ、普通なら興奮コーフンに自分を抑えるのに苦労している筈だ。


 しかし、勘四郎は気が進まないで居た。


「勘四郎怖いか」


 武蔵が聞いて来た。


「はい、正直言うと怖う御座います」


「ふん、それで良い、恐怖心の無い者は早死にするでな、拙者の後ろを送れずに着いてまいれ」


 武蔵は怖く無いのであろうか、そう尋ねてみたい気持ちを勘四郎は抑えた。


 廃城が見えて来たからだ。


 何とも不気味である、一人では絶対に訪れる勇気はない。


 廃城はいじょうと言うよりは、深い森である。


 その森の中に、崩れかかった建物や残骸ざんがいがまだ残って居る。


 それがまた一層不気味いっそうぶきみさを感じさせる。


「宮本殿どうであろう、このまま皆でぞろぞろ行くよりも、二手に別れてみては」


拙者せっしゃもその様に考えて居ました、拙者と勘四郎は右に、柳生殿達は左から円を描くように進み、中間辺りで合流すると言うのはどうであろうか」


「うむ、それで行こう、しかしそれでは数が合わぬゆえ、八郎は宮本殿に着いて行け」


「解りました」


 八郎の声が合図になり二手に別れて歩き出した。


 漆黒しっこくの闇である、八郎の持つ提灯ちょうちんが無ければ一歩も前に進めないだろう。


 ーヒヒヒー


 それが立って居た。


 八郎が射す提灯の先に人間では無い者が、こちらを向いて立って居た。


 鬼だ。


 村人が着る着物を羽織って居るが、頭には角が生えていて、口が裂けている。


 あきらかに人とは違う、裂けた口からは獣の様な牙が生えていて、肌の色は土の様にどす黒い。


「ほう、もしやとは思うて居ったが、実在して居るのだな」


 武蔵が早速二刀を抜いた。


 八郎が少し下がった、武蔵に任せる様だ。


「ヒヒヒ、食ろうて欲しいか」


 鬼がにやりと笑い口を開いた。


「おもしろい、化物の分際で人の言葉を話して居るわ」


 武蔵が二刀の刀を鋏の様に構えると、無造作むぞうさに鬼の方へと歩いて行く。


 どう切ったのか勘四郎には観えなかった。


 ただ通りすがっただけだ。


 しかし、足元には鬼の首が落ちていた。


 勘四郎は驚いた、まさに眼にも見えぬとはこのことだ。


 八郎も勘四郎の横で眼を見張って居る。


「勘四郎殿、観えましたか」


「いえ、私にはまったく」


 勘四郎と八郎が感心し合って居ると、武蔵がいきなり暗闇へと走り飛んで行った。


 慌てて勘四郎は武蔵を追いかけた。


 八郎も走り付いて来る。


 勘四郎達が武蔵に追いつくと、二匹の鬼の首が転がって居た。


「勘四郎、先程の鬼の首を持ってまいれ」


 武蔵が勘四郎に言った。


「あ、はい、しかし何ゆえ」


「こんな不思議はそうあるまい、話しだけでは誰も信用するまいて。 しかと退治したと言う証拠にするのよ、柳生殿もきっと同じことをする」


 勘四郎に恐怖心はもう無かった。


 兵法者として、恐怖心よりも神業の様な剣技を使う武蔵への興味の方が勝ったのだ。


 鬼の首を持ち戻ると、武蔵の足元に今度は古狐ふるぎつねの死体が転がって居た。


 よく観ると尻尾しっぽが三本ある。


「この狐、老婆に化けて居ったわ」


「今回も宮本様は流石でございました、この狐も一突きでこの様に」


 八郎が付け加えた。


 八郎は準備よく、風呂敷ふろしきを数枚用意していて、それらの首を器用に包み始めた。


「よし、少し先を急ごう」


 そう言って武蔵は歩き始めた。


 勘四郎と八郎も慌てて後に付いて行く。


 それからも武蔵の独占場どくせんじょうであった。


 勘四郎が背負う替え刀を一度替えただけだった。


 勘四郎は武蔵の後を付いて歩くだけ、八郎は武蔵の足元を提灯で照らすだけだ。


 この時武蔵一人が退治たいじした妖怪は九体にも上った。


 約束の場に到着すると、すでに兵庫助達が待っていた。


 一人の柳生の剣士が血止めの為に、腕を縛って居る。


「島田が傷をおってしもうたが、ほれ、この通りじゃ」


 兵庫助達の足元には二十四もの妖怪の首が転がって居る。


「面目ござらぬが、かすり傷で御座いますゆえ……」


 島田と言われた柳生の剣士が恥かしそうに言い訳をした。


「こちらは宮本様お一人で退治なさいました」


 八郎が兵庫助に報告していた。


「ほう、流石は宮本殿じゃ。 ほんに頼もしいのう」


「なにを柳生殿の方こそ、しかし拙者この様な物達が実際に居った事に驚いておりますわ」


「うむ、拙者も今それを考えて居りまして、実際にこうして退治はしたもののまだ何処かで信じられぬ思いでおります」


「まだ何処かに隠れて居りますかな」


「とりあえず、夜明けまで探索してみましょう」


 兵庫助の言葉で今度は一塊になり、探索たんさくを続ける事になった。


 勘四郎は、そこで初めて兵庫助の剣技を目撃するのだが、兵庫助の剣技もまた素晴らしいものであった。


 武蔵と兵庫助の二人だけが交互に、おのれの剣技を披露ひろうしていく。


 夜明けまでに挙げた妖怪の首級の数は、四十を超えた。


「この辺でもう良かろう、八郎、何処どこか近くの村で押し車を借りてまいれ」


 これだけの首級しゅきゅうを運ぶには車が必要だ。


「柳生殿、この首級何処へ運ぶおつもりであろうか」


「ふふふ、宮本殿、これを姫路城下にある寺に銭を払うてさらすのじゃ、我らの名を記した立て札と共にのう」


「なるほど」


「さすれば我らの名はまた上がろうて、これを利用せぬのは阿呆あほうのすることよ」


 兵庫助は言い切った。


 優れた兵法者は、もちろん強いのも大事だが、いかに己が強いのか、試合に勝てば吹聴ふいちょうをすることも大事なのである。


 試合で幾ら苦労をして勝利を収めたとしても、世間にそれを知らせねば、それは意味がないのである。


 兵庫助の言う通り、妖怪退治の件は、あっと言う間に姫路城下に広まった。


 証拠もあるのである。


 城下のその寺は、連日見物に来る客でいっぱいになった。


 八郎は忍びゆえ遠慮えんりょして辞退したが、勘四郎は末席ながら立て札に名を連ねる事を許してもらった。


 宮本武蔵や柳生兵庫助など、そうそうたる兵法者たちと同じ場に、生駒勘四郎の名が記されているのである。


 まるで夢でも見ているようである。


 この話は噂となり全国に広まるだろう、父や母が知れば何と思うだろうか。


 我が息子の武勇を頼もしく思うてくれるだろうか。


 勘四郎はそんな事を想像して、一人でほくそ笑んで居た。

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