第5話 柳生兵庫助

 最近、おじじ様の夢をよく観る。


 おじじ様とは七年前に他界した柳生新陰流やぎゅうしんかげりゅうである、柳生石舟斎宗厳やぎゅうせきしゅうさいむねとしのことだ。


 おじじ様が亡くなる二年前に柳生新陰流の免許皆伝めんきょかいでん印可いんかさずかり、さらに翌年には石舟斎が流祖上泉信綱りゅうそかみいずみのぶつなから与えられた印可状いんかじょう目録もくろく一切いっさいを与えられている。


 これを受けて流派りゅうは継承けいしょうと言う事になる。


 柳生新陰流は一子相伝いっしそうでんであるが為、自分が死ぬまで継承の権利は兵庫助ひょうごのすけにあるのだ。


 叔父おじである柳生宗矩やぎゅうむねのりが、将軍家剣術指南役しょうぐんけけんじゅつしなんやくとして柳生新陰流を自分の物のごとくあつかっているようだが、兵庫助からすると全くもって馬鹿馬鹿バカバカしい。


 はらわたが煮えくり返る思いだ。


 技量ぎりょうなど兵庫助の方が二枚も三枚も上であろう。


 あの男は神聖しんせいなる柳生の剣を政治的に利用しているのである、ゆるがたい事だ。


 おじじ様が何度も夢に立つと言う事はおじじ様もきっと怒っていらっしゃるのかも知れない。


 それとも何か良くない事が起るのを、兵庫助に知らせようとしているのだろうか。


「兵庫様、あれに観えるのが姫路ひめじのお城で御座いますよ」


 兵庫助が銭で雇って居る細作さいさくの「八郎はちろう」が伝えて来た、この伊賀流忍者いがりゅうにんじゃである八郎は兵庫助が抱える前は島左近しまさこんつかえていた。


 その縁あって今は兵庫助に雇われている。


 今は無き島家であるが、島家と柳生家は近いのだ、左近の娘は兵庫助の妻である。


「おおお、よきかな、よきかな、なんと美しいことか」


 四年前に大規模な改修工事が終了したと言うから、まだ新しい。


 白を強調した城の壁やかわらなどが光に反射して光り輝いているのだ、その光景は何とも幻想的で姫路の名のせいか、どこか女性を連想させる、まるで美しい姫の様だ。


 そう想えば兵庫助が一年ほど仕えた加藤清正かとうきよまさの熊本の城は黒く大きな男性を想像させる、その相反あいはんする光景を思い出して思わず一人笑ってしまった。


 それを観て供の者たちが怪訝けげんな顔をしている、兵庫助の旅は十人もの人数を引き連れた諸国巡遊しょこくじゅんゆうの旅なのだ。


 いつもにぎやかな雰囲気が流れていてとても楽しい、兵庫助はいつまでもこの旅を続けて行きたいと思って居た。


 銭はある、父親から譲られた旧領きゅうりょうである神戸の庄五百石から上って来る全ての収入を兵庫助が自由に出来るのだ。


 路銀ろぎんが尽きれば使いを出すだけである。


 そうすればすぐに追加の銭が届くのだ。


 京都を中心に近畿、中国、北陸辺りを巡っただろうか、しかし余り遠くへは行かない様にしている。


 銭が尽きた時に追加が届くまで時間が掛りすぎるからだ。


 北陸辺りへ行った時に一度銭が尽き大変な思いをしたのである、もう二度と北陸へは行く事が無いであろう、遠すぎる。


 近場ちかば何処どこか良い所がないだろうかと考えたところ、播州姫路ばんしゅうひめじの地へは一度もおとずれたことが無い事に思い立ったのである。


 こうして姫路巡遊ひめじじゅんゆうの旅が決ったのだ。


 世の人々は今の兵庫助。を観て、毎日遊びほうけて良い身分だなと思うことであろう。


 たまに自分でも思うことがあるのだが、よく考えてみると冗談ではない、良い身分なのは今だけなのだ。


 若き頃よりおじじ様の元で、毎日毎日それはもう血反吐ちへどが出るほどの苦しく厳しい修行に耐え抜いて来たから今があるのだ。


 確かに天稟てんぴんはあるのかも知れないし、自分でもそう思って居る。


 しかし血反吐が出るほどの修行は積んだのだ。


 証拠に同じ様に修行を積んだはずである叔父の方は全然駄目だからである。


 今では江戸の地にて兵法指南だのともてはやされて居るが、宗矩如き腕であれば兵庫助は片手一つで勝つ自信がある。


 今はまだ上手い事ごまかせて居るのであろうが、その内きっと化けの皮ががれてしまう日が来るであろう。


 そうなれば柳生の質が下がってしまう事に、奴は気付いて居るのだろうか。


 もしかして自分は強いのだなどと思い違いをしているのかも知れない。


 嫌だ、人からあの程度ていどの剣が柳生の剣だと思われたくはない。


 そんな事を考えて居る内に姫路の城下が見えて来た。


「ほう、なかなか活気かっきにあふれておるではないか」


「はぁ、まだ輝政公てるまさこうがお亡くなりになられたばかりだと言うのに」


「はははっ、まぁ良いではないか、それは庶民しょみんには関係あるまいよ」


 供の一人として兵庫助の旅に同行する、柳生新陰流四高弟の1人である木村は少し頭が固い所がある。


「それより八郎、ここらで一番上等な宿を探してまいれ、わしらはそこの茶店で一服することに致そう」


 駆け出した八郎の後姿を確認すると、兵庫助一向は茶店に入った。


「西方お目付け」にある姫路の城下ではあるが、身分怪しからぬ浪人達の姿がちらほらと目に付くのは、まだ藩政はんせいととのってない証拠だろう。


 池田輝政いけだてるまさの死は城下にまで大きく影響を残しているのだ。


 豊臣とよとみが兵を挙げると言う噂は、この状況を観るに本当のことの様だ。


 兵庫助は戦と言うものを経験したことがない。


 加藤清正に仕えていた頃に一度「一揆いっき」を制圧せいあつしたことはあるが、あくまで制圧であって戦ではない。


関ヶ原せきがはら」にあっても兵庫助は出陣しゅつじんを許されず、石舟斎の元で修行に明け暮れていた。


「戦の経験も無くなにが兵法者か」と言う思いがいつも兵庫助の中にはあった。


 この巡遊の旅は、叔父宗矩のこと、戦のことと常に悶々もんもんとする気持ちを抑える為の巡遊の旅でもあるのだ。


「おやじ、茶と菓子を人数分用意してくれぬか、それとなにかここいらで面白き話は無いものであろうか」


 兵庫助は旅の途中でいつも誰彼構だれかれかまわずこの質問をする。


「いや、そんな、ただの茶屋のおやじでございますよって、お武家様ぶけさまにお話しするようなことなどあろうはずが…あっ」


「ん、なんじゃ、あるのか」


「はぁ、そう言えば一つ、しかしお武家様がお喜びになられるかどうか……」


「おやじ、勿体もったいつけるで無いぞ、はやく申すのじゃ、はよう、はよう」


 兵庫助は身を乗り出した。


 茶屋のおやじの話によると、姫路城天守ひめじじょうてんしゅには妖怪が住みついて居ると言う。


 そしてこの姫路より北に少し離れている「置塩おきしお」と言う地にも、それと連動する様に妖怪達が悪さをすると言うものだった。


「ほう、なるほど、しておやじ、その妖怪なる物は本当に存在するものなであろうか? この兵庫、今まで一度も幽霊、妖怪なる物は拝見はいけんしたことがない」


「あいやお武家様、あくまでも噂でございますよって…」


「いやいや、おやじ、なかなか面白き話しではないか、よう申してくれた」


 茶と菓子を堪能たんのうすると八郎が戻って来た。倍以上の銭を支払い、茶屋を後にした。


「木村、先ほどの話しをどう思う」


「はぁ、その様な面妖めんようなこと……本当で御座いましょうか」


「面白いではないか、儂は妖怪なる物を一度この眼で観てみたい」


「若、またその様な」


「なんじゃ、お主は観とうないのか」


「いや、この木村も一度観てみとう御座います」


「ははは、正直じゃな。 よし、宿にて作戦会議じゃ」


 兵庫助のその言葉に、皆嬉しそうな顔になった。


 中には顔をしかめる者もいたが本気ではない、古今東西この手の話しには、皆興味があるのだ。


「八郎、もうひと働きしてくれるか。 その妖怪の話し、詳しく集めてまいれ」


 八郎は詳細を詳しく聴くと、また駆け出して行った。


 八郎が用意した宿は全てに置いて満足の行くものであった、こ奴に任せておけば間違い無い妻に引っ付いて来た忍びの者ではあるが、とても重宝ちょうほうしている。


 その八郎が情報を集め、先ほど戻って来たばかりである。


「ま、八郎、まず飯を食え、飯を」


 そう言って飯をかき込む八郎の姿を見つめながら、その妖怪なる物が如何いかなる物かに心をよせた。


 しかし、八郎の集めて来た情報は、茶屋のおやじの話を裏付けるだけで、左程変さほどかわりえするものでは無かった。


「そうか、八郎苦労であった。 してその話しを総合すると、姫路の城は無理でもその置塩の地なれば妖怪にえるのじゃな」


「ま、そうなりますな」


 木村が同調どうちょうする。


「ならその置塩じゃな、これだけの柳生の剣士がそろうておるのじゃ、その妖怪どもを退治たいじすることにしようぞ、さすればこの柳生の剣、本当の意味で天下にとどろくこと間違い無しじゃ」


 兵庫助の言葉に、その場が一瞬凍り付き、そして同調した。


「兵庫様、それともう一つ面白い話しを聴いてまいりました」


 八郎の声に一同が静まり返った。


「なんじゃ八郎、まだ何かあるのか」


「はい、あの宮本武蔵みやもとむさしがこの姫路城下に滞在たいざいして居るとか」


「なんと、宮本武蔵とな」


「はい、あの宮本武蔵で御座います」


 昨年の佐々木小次郎ささきこじろうとの話はまだそれほど伝わっては居ないのだが、吉岡一門よしおかいちもんとの闘いの一件依頼いっけんいらい、この時点で宮本武蔵の名すでに天下に轟いていた。


「ははは、よきかな、よきかな、本当に面白き地じゃなこの姫路の地は、この兵庫助姫路に来て正解であったわ」

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