松方幸次郎とモネと、そして「バベル」の謎

四谷軒

01 1921年、パリ郊外、ジヴェルニー

 一九二一年。

 パリ郊外、ジヴェルニー村の近くにて。

 一台の荷馬車が、ゆっくりと道を進んでいた。

 その馬車の荷台には、ひとりの日本人が寝に入っていた。


旦那ムッシュ旦那ムッシュ!」


 御者が、荷台の日本人に声をかける。


旦那ムッシュ! 見えて来たぞ、もうジヴェルニーだ!」


 荷台の日本人は、ふわあと声を上げ、体を起こした。


「何だい御者くん。それで、見えて来たというのはわかったが、着いたのかい?」


 日本人は正確なフランス語で返し、そして御者が言葉に詰まるのを見ると、また身を横たえてしまった。

 御者はため息をついてから、馬に鞭をくれた。


「それっ。早いところあの村に着いちまおうぜ、相棒」


 相棒と言われた馬は低くいななき、早足になる。

 荷台の日本人はそれを耳に、まどろむ。

 そのまどろみの中で。

 日本人──松方幸次郎は思い出していた。

 どうしてここまで──モネのいる村まで、わざわざやって来たのかを。

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