元監守
元監守とレイは、休むことなく攻撃を繰り出した。しかし、元々の実力差もある上にヒガンバナと目を合わせてはいけないという制限があることで、相手にダメージを与えることはまったくできていない状況だ。
それでも戦闘が続いているのは、相手が一度も反撃しないからだった。
「どういうつもりだ。舐めてるのか? なんで反撃してこない」
元監守は痺れを切らして訊ねた。ベラドンナは、おちょくるように笑う。
「反撃してもいいの? 五秒で決着がついてしまうけれど」
「やれるもんならやってみやがれ」
「止めておくわ」
ベラドンナは一瞬で断った。元監守は苛立たしげに舌打ちした後、
「マジでどういうつもりなんだよ。あ、もしかして時間稼ぎか?」
ふと思い浮かんだ可能性を口にした。
「あら、ご明察」
ベラドンナがにっこりと微笑んだのを見て、元監守は、
「そんなにあっさり肯定されると、逆に嘘っぽいな」と言って、レイに意見を仰いだ。
「レイ、本当に時間稼ぎ目的だと思うか?」
「時間稼ぎというか、多分、俺たちがカルミアの元に行かなければどうでもいいんじゃないでしょうか。遊んでいるだけのように見えます」
「いずれにしろ、舐められてるってのは変わらねぇか。ムカつくな。……なぁ、いっちょ一泡吹かせてやろうぜ」
レイは頷き、「作戦があります」と言ってガスマスクを外し、元監守に耳打ちした。
作戦を知らされた元監守は、
「了解だ。よし! レイの考えた最強の作戦で、お前らをボコボコにしてやるぜ!」
と宣言した。
「ベラドンナには前回のリベンジ、ヒガンバナにはマジで危険な仕事をやらされた恨みがあるからな。覚悟しやがれ。俺は結構根に持つタイプだ」
ベラドンナはからかうように「器の小さい男はモテないわよ」と言った。
「うるせぇ俺は既婚者だ。女房以外の女にモテたって仕方ねぇよ」
「あら素敵。奥さんを大事にしてるのね。相変わらず弱点の存在を自ら晒すのは愚かだと言わざるを得ないけれど」
「前に息子がいるっつったんだから女房がいることくらい想像つくだろ。別に今更隠すことでもねぇよ。それに人質に取られるような心配はねぇ。ギフトは今夜で終わりだからな!」
そう叫ぶと同時に、元監守はベラドンナに突撃した。そして今までと同じように殴り掛かる。当然ベラドンナは簡単に攻撃を躱す。
「作戦って、何も考えずに攻撃すること? 作戦無し作戦というやつかしら」
ベラドンナはクスクス笑う。元監守は無視して、今度はヒガンバナに蹴りを繰り出した。
ヒガンバナは軽く後ろにジャンプして避ける。
元監守はめげずに、二人に対して順番に攻撃を続けた。
「どういうつもり? 二人がかりでも勝てないのに、一人で勝てるはずがないでしょう?」
ベラドンナがそう言っても元監守は黙って攻撃し続け、二人がレイに背を向ける状態になるように誘導した。ベラドンナが突然何かに気づく。
「あ、私分かっちゃった。ふふ。酷く単純な作戦ね。私たちが情報屋の息子から視線を外すように誘導しているのでしょう? 死角からの攻撃だったら当たると考えたのね。でもそれを事前に知ってさえいれば、背後を警戒していればいいだけのこと」
「……っ! 先輩!」
ベラドンナに言われて警戒のために振り返ったヒガンバナが声を上げる。ヒガンバナは、レイが銃を構えている姿を見たのだ。咄嗟に避けようとしたヒガンバナが先に撃たれた。次いでベラドンナも撃たれる。ベラドンナは気絶した。
ヒガンバナの方は意識こそ失わなかったものの、完全に戦闘不能になった。
元監守は、ぐったりとしたベラドンナとヒガンバナを素早く拘束し、ヒガンバナに関しては目隠しをした。
「油断はできないからな。催眠魔法対策だ」
「……徹底してるな。いいことだ」
ヒガンバナは投げやりになっているのか、そんなことを言って微笑んだ。そしてレイに、
「どうやって銃を使ったんだ? 催眠はまだ切れていないはずだが」と訊いた。
「銃を撃つのに、必ずしも指を曲げる動作をしなければならないということはありません。片手で銃を持ったら、もう片方の手でペンを持って、それを使ってトリガーを手前に引けばいいんです。照準を合わせるのは難しいですし、トリガーは結構重いですけど、頑張ればいけます」
「……それもそうだ。そんな単純な手に引っかかったのか。俺って案外間抜けなんだな」
ヒガンバナは気が抜けたようにため息をついた。
「情報屋にとって、ペンとメモ帳は必需品ですからね。いつも持ち歩いているんです」
レイは少しだけ得意げに胸を張る。
「意外な物が役に立つもんだよな。ペンは剣よりも強しってか?」
元監守がそう言うと、レイとヒガンバナは苦笑いした。
それからヒガンバナは他人事のように言う。
「俺は務所にぶち込まれて、死刑判決でも受けることになるんだろうな。……どうせ最後だ。気になってたことでも訊かせてくれよ。元監守、お前はどうしてトリカブトに協力したんだ?」
元監守は一度間を置き、自嘲気味に微笑みながらゆっくりと話し始めた。
「……罪悪感さ。俺は当時、監守として大勢のクズ共の相手をしていた。その多くは根っこから腐ってる奴らで、そういう奴らを統制する上で、監守は舐められるわけにはいかない。時には暴力で従わせることもある。だからこそ、更生して出ていく奴に対しては、教え子が成長したような気分になったもんだ。囚人に厳しくすることで、出所しても二度と戻ってこないようにする。監獄ってのは、戻ってきたいと思うような居心地のいい場所であるわけにはいかないんだ。俺は自分の仕事にある程度存在意義を感じて、誇りを持っていた。トリカブトに出会うまではな」
元監守はそこで言葉を切り、表情を硬くした。
「あいつは明らかに犯罪者の気質を持ち合わせていなかった。……こういう言い方をするのが正しいかは分からねぇが、犯罪者になる才能がない奴っているんだよ。多くの犯罪者は、最初から犯罪者になろうと思ってなるわけじゃない。それでも、環境とか状況とかによって結果的に犯罪を犯す。そういう奴らってのは多かれ少なかれ犯罪者になる才能を持ってるんだ。それ自体は別に悪いことじゃない。人間誰しも犯罪者になる可能性と才能をほんの少しは秘めている。それが覚醒するかどうかは、まぁ運次第だな。でも、犯罪者になった奴はその才能が開花してるわけだから、一般の奴よりは才能を持っているってことだ。……俺、馬鹿だから上手に話をまとめられねぇな」
元監守は頭を悩ませ、捻り出すように言った。
「えーっと、つまり何が言いたいのかっていうと、犯罪者として牢屋にぶち込まれているはずなのに、犯罪者の才能がない奴ってのがいる。いわゆる冤罪で捕まった奴だな。トリカブトはそれだった。俺はトリカブトの様子を見て、冤罪なんじゃないかって最初からなんとなく思ってたんだ。でも、上からはクロだと判定されてるんだから、俺はそれに従うしかない。それで、俺は自分の正義を疑っちまった。……トリカブトの脱獄の責任を負わされたって面もあるが、本当は自分から監守を辞めたんだ。で、トリカブトを信じて一緒に冤罪を主張してやらなかったことに対して、勝手に罪悪感を覚えて協力してるってわけだ。要するに罪滅ぼしの自己満足だな」
「……そうか。あいつは、お前みたいに自分のことを考えてくれる仲間に巡り合えたんだな。頭のイカれたうちのボスに絡まれてるのが不憫でならなかったが、ちょっと安心したよ」
ヒガンバナは肩の力を抜いて、口元を緩めた。
「そんなこと言って大丈夫なのか?」
元監守が訊くと、ヒガンバナはおどけるような口調で答えた。
「ギフトは今夜で終わりなんだろ? それに、俺も仲介屋として接するうちにトリカブトに情が移っちまったのかもな。負けちまったのに、今すごく安心してるよ」
「安心するのはまだ早いだろ。トリカブトがちゃんとカルミアを倒して、それで晴れてハッピーエンドだ」
元監守の言葉に、ヒガンバナは、
「そうだな。……ここまで来たんだ。必ず成し遂げろよ、トリカブト」と呟いた。
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