忠実に生き過ぎた教祖
『ただ、先生の言ったことを忠実にやり遂げただけですよ』
この言葉は、他人の言葉を疑いもせずに事を実行し続けた一人の男が吐いた、最期の断末魔だ。
教育というものは、たとえ誤解なく伝えたとしても、受け取る側の考え方や思想で大きく解釈が異なる。そこまでなら、仕方ないと言える範囲なのだが、稀に言ったことをすべてやりきってしまい悪行に手を染めてしまう人間が存在する。
通常であれば、他人の意見や自らのエゴ、計画の流れが阻まれることで価値観は洗練され、学びの境地に至った者は、その技術と教養を活かし、社会に役立てようと善行に利用するのだが、あの男の場合は違った。
「へえーすごく面白い事を言うんだね、君は」
「ん?誰?師匠の知り合いか?」
「いや、初めての人間だが……基礎性格について興味があるのか?」
「ああ、どこの講義でも聞いたことがない話だったし、何より君達の会話が面白かったから、つい、アハハ……」
後頭部を掻き、ペコペコするこの好青年の名は来栖川真人初めて出逢ったのは、とある講義が終わってすぐのこと。昨日キドに教えた基礎性格についての復習をしながら、次の講義室に移動しようとした矢先、突然、この男が喋りかけてきたことが初めての会話だったはずだ。
何故『だったはずだ』と曖昧な表現をしたかというと、以前にも直接、会ったかのような既視感があったからだ。けど、その既視感はどこのものかは覚えていない。
ただ印象としては、誰にでも好かれそうな雰囲気を持ち、その純粋さが逆に個性的で、ここまでの癖強メンバーと比べてみても爽やかさが段違いだった。
「次、浅沼教授の講義見に行くんだが一緒に行くか?」
「うん、その後も付いて行っていい?」
「別にいいが、後悔するなよ」
「なぜに?」
「お前、勝手な奴ら好きじゃないだろうし」
「ん?」
反応に困った来栖川はほぼ無言で首を傾げ、こちらを見詰めてくる。そこに割って入る形でキドはツッコミと牽制のためか小さな不満を口にした。
「おいおい師匠、何も知らないペーペーに伏線引いても、怪訝そうにされるだけでっせ。それに、俺が苦労して受け容れてもらったのに、コイツがすんなり入ってくるのがどうしても赦せねえ!」
「お前な……そのしつこさのおかげで、こういう人間もすんなり入り込める環境になったんだ。文句あるなら、過去の自分にでも言っとけ」
「んな、殺生な」
「行くぞ」
「ブー」
この物語をはじめた本人は膨れ面な表情をしながらも、後ろから付いて来る来栖川を見て、野生の勘か、殺気づいた睨みを利かせていたようだが、今日やるべき講義を終えるころには、仲良くなっている様子だった。それを見て問題ないと思い、先ほどまで考えていた既視感や怪しさについての逡巡をやめ、来栖川瑞希を自分の教室に案内した。
ここまで関係を繋いだ主要メンバーとの顔合わせも終わって、以降、来栖川も教室に来るようになり、気付けば、共に勉強するメンバーの一人になっていた。
「これからよろしくね。遊学……いや、先生かな」
「好きに呼べ」
当時は何とも思ってはいなかったが、この運命の合流がまさか、あのテロ事件を起こす萌芽を育むことになろうとは、この時の自分は夢にも思ってなかった。
いま思えば、最初の接触の時点で無理矢理感があったし、団体での活動中も性格の割に前に出てこないどころか、率先して裏方に回り、姿をあまり出したがらない性格をしていたと思う。とはいえ、松木戸たちの迷惑行為と比べたらマシだったし、その違和感だけで、将来テロリストになるなんてことは判別できるはずがない。
個人的な印象としても、唯一自分のことを『先生』と呼んでくる人間程度の感想で、あまりにも素直に聞き入れてくれたから、他と比べて印象に残らず、とある事件で瑞希の名が浮上するときまで、思い出せなかったくらいだ。
でもそういった忠実性と横道に興味のない無関心が、あの日の化け物を生んだとしたら、自分にも責任があるのかもしれない。
何せ、この話の落ちになるほどの、後悔の一つでもあるのだから。
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