銀堂家の軌跡

五代目までの歴史

 出立の折に『親父であって、親父じゃないには、二重の意味がある』みたいなことを書き示したことを覚えているだろうか?


 一つは、『本人』と『憑依している存在』という内面的な事情。もう一つは、『血の繋がりがない』という外的な要因による、『本当の親父ではない』という意味だ。


 この辺りの事情を識るためには、まず、銀堂家の成り立ちと、なぜ自分が銀堂家に迎え入れられたかの経緯を語る必要性がある。


 改めて記載するが、銀堂家は、江都えと時代後期、久讃奈くさな(現在の香取県)のとある山で自決しようとしていた一人の男、『銀堂幸村』《ぎんどうゆきむら》から歴史は始まった。


 幸村はその山中の穴倉で、封印されていた上位存在と邂逅し、唆されたのか、挑戦を受けたのかは定かではないが、彼はその存在との契約を交わし、肉体を提供することで、共に新たな人生を歩み始めた。


 どういった商売を始めようかと考えた末、封印されていた場所に埋蔵されていた銀を利用して、魔除けの装飾品を販売し、そこから幸村は銀堂と名乗るようになった。


 その業績は初手から良好なもので、元から口達者であった幸村の能力と上位者の力を駆使した商売により、藩の資産も超える財産を築くことに成功した。その影響で藩の連中に目をつけられ、理不尽な指令や罰則を与え、銀堂家を排斥しようとする動きがあり、一度利益を大きく落としたそうだ。


 しかし、運が味方をしたのか、あるいは時代の転換期という背景に救われてか、倒幕を掲げる人間とやり取りする機会があり、結果、倒幕を成し遂げたあとにその功績を讃えられ、銀堂家は国でも有数の名家に成り上がった。


 その成り上がり具合に、政府内でも一部不満を訴える者たちもいたそうだが、幸村が「そういう疑い深い者がいるおかげで、現政府との関係を繋げられている部分があるから赦してやってな」と彼を識っている幹部をなだめ、関係を維持し続けていた。


 そのおかげで、瀬戸貿易の要所となる伊薙いなぎの郷(現在の蝦媛県)で商売する権利と土地を融通してもらい、次の舞台となる場所を確保することができた。

 

 倒幕から二十五年。明成の時代の真只中、伊薙の郷に一人の男が降り立った。名は"四辻"。先の未来で自分を銀堂家入をさせる要因となった人物であり、のちに『三代目』として、"銀堂四辻"と名乗る男だ。


 彼はもともと海外の暗殺組織に属していたが、この土地に隠された秘密を知るに至り、それがもし組織の手に渡れば、世界は破滅的な事態を招くと理解し、四辻は組織を裏切ることになる。


 事件の後、彼はその目的を果たすための機関として『叭袈牢』を設立することになるのだが、そこに至るまでに多くの犠牲を伴い、代表例として裏切りが原因で行われた『銀堂家一掃事件』により、共にいた銀堂平八郎以外の男系を失い、銀堂家は消滅の危機に陥った。


 かろうじて一人でも生き残ったとはいえ、まだこの時の平八郎はまだ未成年。一昔前なら、成人していた年齢ではあったものの、明成の時代ではネックとなり、家は潰えないにしても権威としては落ちる方向性となった。でも頭は冴えていて、通常浪人となるはずだった四辻を当主代理として据え置きをし、動乱中に仲良くなった三人の女性を家に招き入れ、銀堂家の再起を図る名采配をした。


 法律上は一夫多妻は許されてはいなかったものの、法の穴を突き、男女を産む女性を妻として、二人を愛人と位置づけながらも、男児しか産めなかった女性には『銀狼』の分家を与え、女児しか産めなかった女性には『銀嬢』という分家を与えることで違法性を回避し、現在にも遺る組織関係を作った。


 そして、成人したあとも「子育てが大変だから」と四辻に当主の仕事を押し付け、事実上の”三代目”として君臨することになる。


 もちろん、その体制には批判の声もあった。しかし、四辻の世間の役に立ちたいという強い意志のもと、放浪者や貧困によって教育を受けられなかった者たちを受け入れ、教育の機会と能力を発揮できる場を与えたことで、その結果、批判の声は次第に収まり、地域の犯罪率も大きく低下させるという実績を残すことに成功。


 そうした功績から、銀堂家は「地獄に行く前に一度、銀堂さんに相談してみなさい」とまで言われる存在となり、いま乗っているタクシーの運転手ですらその名を知るほどの名家として広く知られるようになった。


 四辻の立場からすれば、ただ周囲の安全を確保するための活動でしかなかったんだと思うが、その成果のおかげで今もこうして自分は生きていられるんだから、その点においては感謝せざる得ない。


 この活動は次の時代である大証の世でも行われ、更に次の世でもある常和の時代となっても続いた。


 そして、四代目の時代が始まろうとしていた。


 先に結論を言うが、四代目当主に決まった人間は、なんと血の繋がりも親戚でもないただの一般人である『東雲慎吾』という異例中の異例の人間であった。


 当たり前の話なのだが、正統な血を持つ男系からは強い反発を受け、殺人未遂もあったほどだ。けれど、銀堂家の継承方法に大きな問題があると指摘され、その問題を解決するには、一度だけでも銀嬢が推薦する赤の他人が必要だと、老体の四辻からも進言され、男たちは苦渋を舐めがらもその男を受け容れた。


 それでも慎吾は四代目として認められ、当主として銀堂家を率いることになった。


 東雲がやったこととしてはやはり、『農業改革』を行ったことであろう。慎吾は海外情勢を読み、将来的に戦争が起きて必ず食糧危機が起きると予想し、農業改革を推し進めた。時を同じとして、蝦媛の地でも同じような事を考えていた人間が居て、そのものとの協力により、のちの『イネカ農機』を設立。農業の機械化への大きな一歩となった。


 しかし、現実というものは思ったように進まず、戦争で技術者や男手が減り、女子供だけでは作業が難航。一部機械化を成功させたが、新技術の訝しがむ偏見や事故、金属不足により撤去されるなどしてうまく行かなかった部分も多かったようだ。


 後にその失敗がイネカ農機の財産になったのは言うまでもないが、後世に語られるような美談でもなかったのもまた事実である。


 彼はそのことを日記に「人智を超えた力であっても、越えられない壁がある」と記し、その現実と目的を果たす難しさを今に伝えている。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る