まず驚愕したのは、文章に表れた気品。地の文にこそ、言い回しに時代性を感じる。明言こそされていないものの、この物語が貴族と使用人という文化の全盛の時代・土地を舞台にしているのであろうことが分かった。最近は、貴い人間を描写するに値しない表現力と交渉力によって貴族や使用人を書く者が多いが、本作はそうではない。そうではなくて、むしろ丁寧な時代考証と物語性とのバランス、文章の型、そうしたものが貴族を描くに相応しい雰囲気を伴わせながらも、「恋」の可愛らしさを失わせないという非常に素晴らしいものである。
各所に散りばめられた恋に関する登場人物たちの価値観は、男性中心主義の時代と、そこに必ず付随するであろう異性愛のマトリクスを暗に示している。英国好きな一読者としては、勝手にヴィクトリア朝の大英帝国なんぞを思い浮かべながら読んだのだが、それを強くイメージするほど、「メイドさんに恋するお嬢様」が浮世離れして見える。
使用人という生き物の描写も上手い。良い使用人ほど(つまりお嬢様の専属の世話人––おそらくはシャペロンとかコンパニオンみたいなものなのかな––になるような使用人ほど)感情を排して「使用される」者として存在する。「メイド」が仕事に自分の存在意義を重ねているような描写は、書き手の理解を明瞭に示しているように感じる。これについて、個人的な欲を言うのであれば、もちろん分かりやすさとのバランスが必要なのはそうであるものの、使用人役職に関する語の使用の正確さ(「執事長」とか「メイド」という語の正確さ)が改善されれば、より私の好みに近い。但し、一般的にはそこまで求められるものではなく、本作の程度まで書き込んでいるのであれば既に十分とされるだろう。
「どうやら客人を招く際の動線を確認しているらしく」という文章があるが、ちゃんとそれらしい仕事をしている執事長の描写は久しく見なかった。とても良い。