第2話 涙の理由

母や父とも話がつき、ひと段落ついたところで僕は眠りについた。


目覚めたのは、微かなすすり泣く声のせいだった。


病室の薄暗い明かりの中、隣で抑えきれない嗚咽を上げている人影。静かだけど、深い悲しみに満ちた泣き声。最初は現実か夢の中か分からなかった。


右膝に走る鈍い痛み。しかし、動かそうとすると、鋭い痛みが走る。


「ご、ごめんなさい…」


すすり泣く声の主は少女だった。さっきの事故で助けた彼女。顔を手で覆い、震えながら謝っている。


「...何を、謝ってるの?」


声を出すと、彼女は驚いたように顔を上げた。目に溜まった涙、真っ赤に腫れた瞳。制服は少し汚れているけど、事故の時の少女そのものだった。


「あ、あなたの夢…私のせいで…」


彼女の声は途切れそうだった。響は苦笑いを浮かべる。


「ああ、別に構わないよ」


本当にそう思っていた。生きていられることの方が、どんな夢よりも大切だと。サッカーは確かに人生の全てだと思っていたけれど、命を救うことと比べたら、些細なことに思えた。


少女は更に泣き出しそうだった。


「名前は?」と響は訊いた。


「佐々木...凛......です」


「...凛さん、これ以上泣かないで」


柔らかく、けれど毅然とした声で。彼女は、まるで叱られた子供のように、すすり泣きを止めようとした。


僕は少し微笑んだ。

サッカーに未練がないと言えば嘘になる。

けれども、そんな素振りをこの子の前で見せたら、壊れてしまいそうで。


事故の事は、この子にだけは話してはいけない気がした。

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