第六章「過去は煙のように、愛は海のように」

「何を選ぶべきか」

次の日の授業中、太白は相変わらず疲れた顔をしていた。心の中の葛藤を隠そうとしていたが、千葉夕娇にはその異常さがすぐに見抜かれた。


「太白、大丈夫?」休憩時間、夕娇は彼の机の前に立ち、柔らかい口調でありながら、少し試すような感じで尋ねた。


「うん……大丈夫。」太白は顔を上げ、無理に笑顔を作ろうとしたが、その笑顔はぎこちなく見えた。


夕娇はしばらく黙って、机の上の教科書をちらっと見た後、静かに尋ねた。「彼女のこと?」


太白は少し驚いて、視線が揺れた。夕娇が指しているのは玉妃のことだと、太白はすぐに理解した。昨夜、彼がそのメッセージのことを話してから、玉妃のことを避けていたが、夕娇の直感は思った以上に鋭かった。


「……彼女が会いたいって。」太白は顔を下げ、声はほとんど聞こえないほど低くなった。


夕娇は驚く様子を見せず、ただ頷きながら、複雑な表情で彼を見つめた。「じゃあ、行くつもりなの?」


太白は答えなかった。彼の沈黙が、すでにすべてを物語っていた。夕娇はため息をつき、優しくも少し諦めたような口調で言った。「あなたが彼女に言いたいこと、きっとたくさんあるんだろうね。もし会って、少しでも心が軽くなるなら、行けばいいと思う。」


「でも……」彼女は言葉を切り、慎重に続けた。「どんなことを言われても、思い出しても、忘れないで……過去は過ぎ去ったことだって。」


太白は顔を上げ、夕娇の目を見つめた。そこには言葉にできない感情がこもっていた。胸が締め付けられるように感じながら、彼はかすかに言った。「ありがとう、夕娇。」


放課後、太白は家には帰らず、代わりにあの馴染みの公園に向かって歩いた。秋風が吹き、落ち葉が散り乱れる小道を歩くその心は、矛盾と不安でいっぱいだった。


公園は変わらず静かだった。落ち葉が風に舞い、ベンチは細かな日差しで黄金色に染まっていた。太白は小道の横に立ち、遠くを見つめた。そこに、見覚えのある影がゆっくりと近づいてきた。


玉妃ではなく、千葉夕娇だった。


「夕娇?」太白は驚き、思わず声を上げた。こんなところで彼女に会うとは思っていなかった。


夕娇も少し驚いた様子だったが、すぐに落ち着き、彼の前に立ち、静かに言った。「あなたがここに来ると思ったから……」彼女は言葉を続けなかったが、どこか不安げな目をしていた。「ただ、あなたが無事かどうか確認したくて。」


太白は苦笑して答えた。「大丈夫だよ、心配しなくていい。」


「彼女、まだ来てないの?」夕娇の声は軽く、しかし真実を突くような痛みを帯びていた。


太白は顔を下げ、少し沈黙した後、静かに答えた。「まだ。」


夕娇は彼を見つめ、何か言いたげだったが、結局はため息をついて言った。「もし今回の再会があなたを少しでも楽にさせるなら、行ってみて。でも……」彼女は言葉を切り、少し震えた声で続けた。「自分を無理に押し込めないで。彼女にもう一度傷つけられないように。」


「夕娇……」太白は彼女を見つめ、心の中に複雑な感情が湧き上がった。彼女の思いやりは本物だとわかっていたが、だからこそ、彼は自分を情けなく感じた。自分が彼女にふさわしいのか、そして、彼女が自分の心の葛藤を受け入れられるのか、分からなかった。


夕娇の目が彼と交わり、その中には言葉では言い表せない何かが込められていた。彼女はそれ以上何も言わず、軽く肩を叩くと、静かに背を向けて去っていった。


太白は彼女の背中が落ち葉の敷き詰められた小道の先に消えていくのを見送りながら、胸の中に重い石を乗せられたような気分になった。彼は目を閉じ、深く息を吸い、感情を落ち着けようとした。


数分後、再び見慣れた影が視界に入った。今度は、冲田玉妃だった。


太白はその場に立ち、彼女がゆっくりと近づいてくるのを見守った。微風が吹き抜け、彼女の髪が揺れた。薄灰色のコートを羽織り、白い帆布のバッグを手に持っている姿は、どこか懐かしくもあり、同時に見慣れないものでもあった。


玉妃は彼の前で立ち止まり、唇を少し開けたが、しばらく言葉を発しなかった。二人はそのまま、沈黙の中でお互いを見つめ合っていた。誰もこのぎこちない静けさを破ろうとはしなかった。


「……久しぶり。」ついに、玉妃が口を開いた。


「うん、久しぶり。」太白は低い声で答えた。平静を保とうとしたが、指先のわずかな震えが彼の心情を物語っていた。


玉妃はわずかに笑みを浮かべて言った。「最近、どうしてた?」


太白は少し驚いた。彼は再会後、もっと深い話が交わされると思っていたが、彼女は最初にこんな質問をした。少し止まってから、彼は簡潔に答えた。「まあ、普通だよ。」


「普通なら、よかった。」玉妃は顔を下げ、少し不安げに地面の落ち葉をいじった。


太白は彼女を見つめ、どう返事をするべきか分からなかった。彼は自分がもう準備ができていると思っていたが、実際に顔を合わせてみると、心の奥底に隠れていた感情が次々と湧き上がってきた——怒り、理解できないこと、後悔、そして少しだけ残っている思い出。


「あなたは?」太白は少し迷った後、ようやく口を開いた。「最近……どうしてる?」


玉妃は顔を上げ、複雑な表情で彼を見つめた。口元の笑みは少し引きつったように見える。「良くはないけど、悪くもない。しばらく休学してたんだけど、最近少しずつ普通の生活を取り戻してきた。」


太白は頷き、どう返事をすればいいのか分からなかった。彼は彼女の目の奥に疲れを見て取った。以前はあんなに元気だった玉妃が、今はどこか無力で、疲れたように見えた。それが太白の胸に痛みを与えた。


「ごめん。」玉妃が突然、ほとんど聞こえないほど小さな声で言った。「太白、私、分かってる、あの時のことがあなたをすごく傷つけたって。私が……わがままだった。」


太白は少し驚き、彼女がそんなことを言うとは思っていなかった。彼は深呼吸をし、なるべく冷静を保ちながら答えた。「謝る必要はないよ。別れはお互いの決断だった。」


「でも、私が悪かった。」玉妃は震えるような声で言った。「もし私があんなに頑固じゃなければ、こんなことにはならなかったかもしれない。」


太白は沈黙した。玉妃の目を見つめながら、その目に見覚えがあり、でも今はどこか違うものを感じていた。彼は彼女の謝罪が本物だと感じたが、その謝罪がさらに複雑な感情を引き起こしていることを自覚していた。


「もう終わったことだ。」太白はようやく口を開き、平静で遠くからの声で言った。「過去のことはもう終わりにしよう。」


「でも……私は忘れられない。」玉妃は顔を上げ、直視するように太白を見つめた。目に涙を浮かべていた。「太白、私は思った。別れてからあなたのことを忘れられると思ってた。でも、できなかった。あなたなしの生活をどうしても受け入れられなかった。困った時に、一番に思い浮かぶのはいつもあなただった。」


彼女の言葉は太白の心に深く突き刺さった。彼はどう返すべきか分からなかった。確かに、彼にも同じような気持ちがあった。しかし、今までずっとその感情を抑え込んでいた。なぜなら、彼は知っていた——過去の彼らは戻れないのだと。


「玉妃、俺は……」太白は言葉を探しながら、口を開いたが、結局何も言えなかった。視線はうろたえ、足元の落ち葉がわずかに音を立てる。


玉妃は目の下の涙を拭い、さらに低い声で言った。「今、あなたの生活に私の居場所があるか分からないけど、聞きたい……もう一度チャンスをくれる?」


太白の呼吸が一瞬止まった。彼の心は矛盾した感情で引き裂かれていた——一方では、玉妃への気持ちがまだ残っていることを否定できなかった。しかし、もう一方では、千葉夕娇の姿が心に浮かんだ。彼女の優しさ、彼女の支え、そして彼女が言った「過去に戻らないで」という言葉が、今はまるで細い糸のように彼を縛りつけていた。


太白は玉妃を見つめ、最終的に低く言った。「ちょっと考えさせてくれないか?」


玉妃はそれ以上何も追い求めず、ただ軽く頷いた。「答えを待ってる。」


二人の会話が終わった後、太白は一人で帰路についた。街の静かな夕暮れ時、風と足音だけが響く中で、彼の心の中はまるで騒がしく、雑音で溢れているように感じられた。


玉妃の登場はまるで石を水面に投げ込んだように、彼の静かな日常に波紋を広げた。再会の可能性を思い描いていたことはあったが、実際にその瞬間が訪れると、彼は全く準備ができていなかったことに気付いた。


彼女は言った。「忘れられない。」


太白は交差点の信号を見上げ、赤と青の灯りが点滅するのを見ていた。手が無意識にスマホを握りしめ、その画面には玉妃との最後のメッセージが表示されている——数行の短い言葉だけで、彼をあの悔いの残る記憶の中に引き戻していた。


「彼女は本当にやり直したいのか?」太白は心の中で呟き、不安が少しずつ広がっていった。彼は玉妃の言葉が軽率なものではないことを理解していたが、それでも他の心の声を無視することができなかった——それは夕娇の影だった。


家に帰ると、太白は部屋のドアを開け、薄暗くなった部屋の中に足を踏み入れた。彼は電気をつけることなく、そのままベッドに倒れ込み、天井を見上げた。目を閉じ、耳には玉妃の震える声がまだ響いているように感じ、彼女の「答えを待ってる」という言葉が頭の中で反響していた。


「どうすればいいんだろう?」


彼は分からなかった。

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