勉強も運動もできてナニもデカい俺が、幼馴染の女の子を目立たせる協力をしたら、幼馴染が泣いて鳴いて泣いて猫も鳴いた話

弗乃

第1話 根本太一と相原綾女は幼馴染である


 キーンコーンカーンコーン。


 間延びしたチャイムが鳴る。午前の授業が終わり、昼休みが始まった合図だ。


 古典教師の一文字先生がチョークを止める。白いブラウスに黒いロングスカート。それに豊かな黒髪が印象的な若い女教師だ。


「では、今日はここまでにしましょう」


 一文字先生が振り返り、授業終わりの合図を出す。クラス委員長である相原綾女がすかさず号令をかける。


「起立!」


 少女らしい、高く可愛らしい声が教室に響いた。


 教室の生徒たちは緩慢ながらも、その号令に従い、立ち上がる。椅子の足が引きずられ、まるで押し寄せる波のようにズザザと音を立てる。


「礼!」


 綾女の合図で全員が頭を下げる。しかし、何人かの生徒は腰ではなく、首を曲げてお辞儀をする。その無礼な生徒たちは、礼を終えると、我先にと教室を後にした。おそらく、購買でパンを買うか、学食で席を確保するために、少しでも早くこの場を出たかったのだろう。


 特にこの教室の生徒は一年生であり、その教室は四階にある。三階の二年生や二階の三年生に遅れてしまうのは自明の理だ。そのため、少しでもその不利を返上すべく、授業終わりは機敏に行動するのである。ちなみに、一階には保健室や美術室といった特別教室が並んでいる。特別教室を利用する授業は移動時間を考慮して早めに授業を切り上げてくれるので、午前の最後の授業がその教科なら幸いなのだが、このクラスはそういう時間割には当たらなかった。


 生徒の不揃いな礼に対し、一文字先生も恭しく丁寧にお辞儀を返す。


「お疲れ様でした」


 一文字先生は教室を足早に出ていく無礼な生徒の態度を気にした様子はなく、淡々と授業を終えた生徒の労を労った。しかも、本来なら労を労われるべきは授業で指導をした自分であるにもかかわらず、だ。


 一文字先生は一言で言えば謙虚な教師だった。その姿勢は、同僚教師だけでなく、上司にあたる教頭先生や校長先生、さらに教え子である生徒にも深く慕われている。顔立ちも整っていて、瞳は大きく、鼻筋はスッと通っていて、人によっては高校生と見間違えるかもしれない童顔である。端的に言って、美人教師だった。身長は標準的な成人女性くらいだが、スタイルはまるでグラビアアイドルのように整っている。大きめのバストとヒップ、それからくびれたウェストをしている。一部の生徒の間では「いちもん乳」と崇められているスタイルの持ち主である。


 そんな一文字先生の周辺事情や顔、身体つきに興味のない生徒の一人である俺――根本太一は古典の教科書とノート、筆記用具一式を乱雑に机の中にしまい、学生カバンの中から今日の昼食であるパンを二個取り出した。賞味期限が今日までであるため、近くのスーパーで値引きされていた商品だった。おかげで、今日はパンに加えて、五百ミリリットルのペットボトルのジュースを買っても、予算内に収まった。


 俺は特に何の感情の起伏もないまま、パンの封を切る。初めに手にしたのは、パンの間にメンチカツが丸々一個挟まれている総菜パンだった。そのボリュームが、未だ成長期である俺の胃袋にはありがたい。何とこれ一袋で七百キロカロリーもある。成人男性の基礎代謝がおよそ二千キロカロリー強だから、およそ三分の一だ。人によってはそのカロリーの高さを敬遠するかもしれないが、午後の授業を戦うためには、お腹を満たすことも必要であるため、安価高カロリーと言うのは、俺にとってはちょうどいい食べ物だった。まあ、元々それほど大食いのわけでもないので、少量でお腹に溜まれば何でもいい。極端な話、ガロリーメイドのようなバランス栄養食品でも構わない。まあ、あれは少し物足りないのだが。


 俺がメンチカツパンを口にしようとした時、目の前の席の椅子がガラガラと向きを変える。


「もう、太一。お昼はいつも一緒に食べようって言っているのに!」


 俺の目の前の席に腰を下ろしたのは、先ほど授業終わりに号令をかけた綾女だった。


 綾女とは家が近所で、幼稚園入園よりも前から親交がある。幼馴染だった。学友と言うよりは、もはや家族同然の仲だった。


「俺に構うなよ。いつも言ってるけど、女子のグループで食えばいいだろ?」


 俺は素っ気ない態度を取りながら、メンチカツパンを一口頬張った。パンの乾いた感じに、油がしっとりとしたメンチカツが絶妙なアクセントだった。パン屋で購入するパンほどではないが、既製品でこれだけ味がしっかりしていれば上出来だろう。


「そんなこと言わないでよ。さっちゃんもあっこちゃんもめぐちゃんも学食なんだから」


 さっちゃんは幸子、あっこちゃんとは明子、めぐちゃんとは恵のそれぞれの愛称だったと記憶している。綾女が日頃から仲良くしている女の子グループのメンバーだ。同じクラスの学友ではあるが、特に興味はないのでフルネームはたぶん知らない。四択クイズくらいなら正解しそうだが、自由記述問題なら一人も答えられない。俺との距離感はそんな感じだ。


 三人ともこの南斗高校に進学してから綾女が仲良くなった女生徒だ。俺と綾女の地元からこの南斗高校までは電車で一時間半というかなり遠隔地である。それでもこの学校に進学したのは、大学受験を見越してのことである。俺と綾女の地元の高校よりも、数段進学実績のレベルが高いのだ。そのため、俺はこの南斗高校を進学先に選んだ。綾女は、俺についてくるように、この高校を選んだ。正直、綾女の学業成績ではギリギリのラインだったのだが、最後まで諦めずに勉強した甲斐があり、何とか二人とも無事に合格することができた。幼馴染の縁もここに極まりといった感じだ。


 綾女は何ともご苦労なことに、持参弁当だった。それも母親が作っているのではなく、自分で作っているらしい。大抵、オカズの半数以上を冷凍食品が占めるとは言え、それを毎日手作りしていることは称賛されるべき倹約家である。この我慢強さが、高校受験で綾女を助けたと言っても過言ではないかもしれない。


「別に、弁当持って学食行けばいいだろ? 学食にもテーブルはあるんだからさ」


 ちなみに、俺の前の席のやつも学食派らしく、授業が終わると駆け足で教室の外へと出ていった。そのため、ほぼ毎日、この昼休みの時間に限り、綾女が座っている。


「それだと、学食を使う人が席足りなくて困るでしょ?」


 確かに、学食のテーブルと椅子は基本的に学食を利用する人のためのものである。この南斗高校の学食が広めだとしても、それは全校生徒の人数がそこそこ多いからであって、全ての生徒を収容するだけのキャパシティはない。精々、八十人くらいが入れるくらいだろうか。まあ、学食を使ったことがないのであまりよく知らないのだけれど。

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