第9話 ブラジャーの紐と煙草

 僕はゆっくり上着を脱いだ。彼女に不自然だと疑われないように。そしてその上着を彼女の肩にかけてやった。寒そうだからではない。彼女の失態を覆い隠すために決まっているだろう。


「どうも有難う。」


彼女は小さく笑いかけた。彼女のこんな顔は初めて拝むかもしれない。

ただ、その表情からは喜びも嬉しさも、恥じらいすらも感じ取れなかったが。


これまで、言い方を間違えてあなたに誤解を与えてきたかもしれないが、僕は女にモテる。少なくとも、大げさに嫌われることはほとんどない。


宅原さんの肩に上着をかけてあげた行いも、他の女からはすこぶる評判のいい振舞だ。


感性の鈍い女だな。そう思ってしまったが、その発想が僕の人気にブレーキをかけていることは、自分ながらに自覚している。


相手がもし杏奈だったら、もっと可愛らしい目つきを見せてくれただろう。


 ああ。杏奈が紹介してくれたあの日には、随分と可愛い女だと思っていたが、僕はいまいち彼女に好意を持たれていないのだなあ。


 男というのは実に偏った考え方をするもので、僕が一方的に女に惚れてしまうと負けたと感じてしまうものだ。もちろん、女が非常に興味を持ってくれれば、それで勝ったと思い込んでしまう。当然僕は、強い敗北感を感じさせられてしまった。


 しかし、その思考は宅原さんも共有していたのかもしれない。彼女の台詞で強くそう思った。


「煙草を一本くれないかしら?」


そう尋ねる彼女は、煙草の箱から、もうすでに煙草を一本取り出していた。

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