第25話 渡し舟(二) 

 家を出ると、電線の上に大勢のカラスがびっしりと並んでいた。

 大群だ。

 夕闇の落ちるなか、まるで灯里たちを出迎えるかのように、こちらを見つめている。


「うわ、すごい……」隣で葉月が顔をしかめる。

「灯里先輩の家に来るときは、こんなにカラスはいなかったのに……」凛が表情を引きつらせて、ためらいがちに灯里の腕に寄りそう。


 どこもかしこも、カラスだらけだ。

 塀の上、アスファルト、公園の柵、電線の上……。

 ここらへん一帯が彼らに占拠されているかのようだ。

 その異様な光景に気づいた人たちは、戸惑っていた。

 スマートフォンで写真を撮ったり、あからさまに嫌がってカラスを避けたり、驚いて呆然と立ち止まったり。

 車も通れなくて困っているみたいだった。


「そうだね」


 灯里はそう答えて、持ってきた巾着袋から一枚のフリーザーバッグを取り出した。

 中に入っていたのは、くるみのかけら。

 その小さな欠片を、手にとってぱらぱらとアスファルトにまいた。

 バサバサと羽ばたきながら、カラスたちが集まってくる。ガーガーと鳴きながらこちらを見て、競うようについばみはじめる。


「灯里先輩、餌付けしてるんですか!?」驚いたように凛が声をあげた。

「餌付けってほどじゃないけど。たまにあげてるよ。でも、こんなに多いのは珍しいよね」

「ちょっとこわいよ……」浴衣姿の葉月が口にした。

「よく見ると、結構かわいい目をしてるよ」


 灯里が微笑みながら、カラスたちのほうに視線を投げかける。

 時おり少し首をかしげながら、黒くて丸い瞳が、いくつもこちらを見つめていた。


「今日はさすがに、餌をあげると怒られちゃうかな」


 近くにいた一羽が、カァ、と短く鳴いた。

 突如、電線や道路にいたカラスたちが、一斉に鳴き声をあげはじめる。

 バサバサッ! と激しく羽音が響いたかと思えば、黒い翼が渦を巻き、天を覆い尽くす。


「「きゃっ……!」」


 凛と葉月が、小さく叫んだ。

 夕暮れに沈む空が、瞬く間にその黒羽で真っ黒に塗りつぶされていく。

 しかし、彼らはただ飛び去ったわけではなさそうだ。

 彼らはみな、偶然にも、灯里たちの目指す、駅前の方向と羽ばたいていった。

 まるで、進むべき道を示してくれているかのように。


 カラスたちが飛び去ったあと、その場に残されたのは、見慣れたいつもの風景だ。

 立ち往生していた車が、灯里たちの目の前を通っていった。

 葉月と凛は、少しだけ表情を引きつらせていた。


「大丈夫だよ。いこうよ」


 灯里が歩きはじめると、ふたりがワンテンポ遅れてついてきた。


「灯里、動じなさすぎ……」葉月がそう口にする。

「そうでもないよ」

「灯里先輩といると、不思議なことが起こりますよね」

「気のせいじゃない?」


 そういってから、灯里は少し考えこむように顎に手をあてた。


「……ねえ、ふたりとも。一千歌のこと、本当に覚えてない? 私と葉月と、一千歌。二年生のときから、同じクラスだったよ」

「こないだもいってたよね」葉月が身をかがめてこちらの顔を覗きこむ。

「ミマヨイサマも、一緒にやったよ。本当に覚えてない?」

「すみません。覚えていないです……」凛が申し訳なさそうにいった。


 戸惑いながら、表情を落とすふたり。

 そのまま、ふたりの目をじっと見つめる。


 きっとある。

 彼女たちのなかにも、一千歌と一緒に過ごした記憶が。

 そうだ。力を使えばいい。

 祖母や母から受け継がれた、人を視る力を。

 その瞳の奥にあるものに手が届けば、彼女たちの過去や想いが、手に取るようにわかるのだから……。


 ……いや。

 

 灯里は視線を落として、小さく首をふった。

 無闇やたらと、他人の想いや過去を覗き込むものじゃない。

 それに、視えたものが信頼できる情報だとも限らない。

 どうしてこんなことができてしまうのか、いまの自分には説明することができないのだから。

 自分の置かれている状況は、あくまで精神疾患の症状のひとつで、視えていると思い込んでいるだけの可能性も高い。


 でも、一千歌はちがう。

 母がその名前を口にしたのを、私だけでなく、祖母も聞いた。

 妄想じゃない。

 一千歌は、必ずいる。

 この世のどこかに、本当に存在したはずだ。


「ふたりも思い出すはずだよ。絶対に私が探しだすから」


 灯里は背筋をピンと伸ばし、胸を張って歩きはじめた。


「灯里、大丈夫? ちょっと最近、変だよ」

「私はいつも変だよ」

「たしかに……。いや、そうじゃなくて! その子のこと、学校の誰も知らないんだよね? 最近の灯里を見てるとさ、ちょっと心配になるんだよ。なんかさ……」


 まるで、乃愛のことで悩んで、追いつめられていたときの凛みたい。

 葉月の瞳が、そういった気がした。

 たしかにそうかもしれない。

 灯里は、少しだけ心に寂しさを覚えながら、唇に笑みを浮かべた。


「でも……」凛がぽつりとつぶやいた。「誰も覚えていないだけで、ずっと一緒にいた。そんな人が本当にいるなら、会ってみたいです」

「凛……」葉月が小さくつぶやく。

「灯里先輩とお姉ちゃんが仲良くなったのって、お姉ちゃんが陸上部をやめて、暇な時間ができてからだったよね?」

「まあ、そうだね。それからなんとなく一緒に過ごすことが多くなったっていうか……」

「わたしは灯里先輩と仲良くなってから、まだあまり時間が経っていないけれど、わかります。先輩は普通じゃありません。ただならぬ人です。そんな先輩がいうなら、確かにいた気がします。全然覚えていないけれど、こうして三人でいると、なにか欠けているような、そんなふうにも思えてくるんです」

「ありがとう、凛」


 灯里はそっと手を伸ばし、凛のつややかな髪を優しく撫でた。

 凛は嬉しそうに少しだけはにかみ、目を細める。


 ――そのとき。

 冷たい風が、どこからともなく吹いた。

 空気がふるえ、あたりの色彩が、一段階暗さを増した。


 そして、背後に気配を感じた。

 こんな時間なのに、周辺には薄い霧が立ち込めていく。


 ふり返ると、そこにあったのは、淡く輝く銀白の毛並み。

 霧に溶け込むように、音もなくゆらゆらとその姿を形づくっていく。

 尋常の目には決して映ることのない、幽世の存在。

 白狼だ。


「…………」


「どうしたの?」葉月がいった。

「ううん、なんでもない」灯里は表情を変えずに返事をした。


 馬ほどの大きさもあろうかと思われる巨大な白狼が、悠然とした足取りでゆっくりとこちらに近づいてくる。

 そして、語りかけるような口調でいった。


「目に映るものを、認める気になったか?」


 灯里は白狼のほうをちらりと一瞬みて、すぐにまた進行方向に視線をもどす。


「この世に、怪異は存在しない」灯里は彼にしか聞こえない小さな声でつぶやいた。「私の考えは変わらない。やっぱり全部、私の妄想かもしれないと思ってる。でも、いまはそんなことどうだっていい。私は一千歌を見つけたい」

「そうか」

「……たとえこの目に映るものが全部嘘だとしても。凛を見つけ出したときみたいに、失せ人の場所がわかるなら、あなたの助けを借りたい。お願いできる?」


「強情なやつだ」白狼が笑ったようにみえた。「俺の役目は、迷い人を導くこと。望むなら、俺はお前の助けになることができる」


 その声は、この世ではないどこか遠くから響いてくるようでもあった。

 周囲に立ち込める霧が、ゆらゆらと雲のようにアスファルトの底を流れていく。


 灯里は、以前どこかで聞いたことのある、霧の立ち込めるとある山間地域の伝説を思い出していた。

 狼は、かつて人の友であった。

 彼らは夜闇に乗じて狩りをする。

 畑を荒らす害獣を追いかけ、仕留め、そして、ときには迷い人を導いてくれる。

 狼は、狩人であると同時に、人に道を示す守護者だった。

 その信仰は、彼らが絶滅した今でも、時を越えて数多くの土地に残っている。


「お母さんは、怪異と仲がよかったの?」灯里がたずねた。

「そのように思う。あるいは、人間よりも。このあたりの怪異で、アカネを嫌う者はいない」

「あなたは最初、私とお母さんを間違えてたみたいだね」

「帰ってきたアカネは、どうやら以前と変わりすぎているようだ。それにお前の家は、我々からは許可がないと中を覗くこともできないようになっている」


 結界、というやつだろうか。

 家の敷地内に置かれてある怪しげなものが、そうしているのかもしれない。


「ミマヨイサマにも、わからないものはあるんだね」

「あたりまえだ」白狼は続ける。「一応つたえておく。お前の友人は、いま神と一緒にいる。というより、彼女自身が神になりかけている」

「…………」

「友人を取り戻すつもりなら、お前がこれから立ち向かう相手は神だということを忘れるな」

「……お母さんも、昔、神さまと戦ったんだよね」

「どうやらそのようだ。……感じるぞ。わずかだが、震えているな。お前の幼い心が、人は神には絶対に勝てないと、叫び声をあげているのが聴こえるぞ」

「うるさいよ」


「逃げるのは恥じゃない」白狼がいった。「逃げるな、立ち向かえ、人は幼い頃から、そう教え込まれる。だが、そうすることが正解だとは限らない」


 白狼の大きな尾が、霧のなかを切るようにゆれる。


「自分よりも強いもの、体の大きなものに出くわしたとき、獣はまず生き延びるためのすべを模索する。それが本能だ。無謀な奴ほど先に死ぬ。逃げ方を知る奴だけが、大人になれるんだ」

「私は人だから」

「人である前に獣だ。長いあいだ死の匂いから遠ざかりすぎて、忘れてしまっているだけだろう。だが、お前の心も身体も、本当は覚えているはずだ。死がいつも隣にあることを」

「やさしいんだね。心配してくれるの?」

「一応な」


 かつて神に挑み、今では廃人のようになってしまった母の姿が、脳裏をよぎる。

 白狼は、そのことを気にしてくれているのかもしれない。

 灯里には白狼の考えは読み取れなかった。

 もし、母が人間よりもむしろ怪異と深く交流していたというのが事実なら。

 それは、人と違い、彼らの思考を覗くことができなかったからかもしれない。


「絶滅した生き物がいうと、説得力があるね」灯里はわずかに口角をあげた。「でも、たぶん大丈夫だよ。お母さんのときと違って、そんなにひどいことにはならないと思うから」

「…………」

「お願い。一千歌の場所を教えて。大切な友だちなの」

「ついてこい」


 白狼が静かに言い、先へと歩き出す。

 灯里はその背を追い、葉月や凛と何気ない会話を交わしながら、導かれるままに歩みを進めた。

 やがて、祭りの喧騒が近づいてくる。

 高らかに響く、耳をつんざくような笛と太鼓の音。

 駅前の大通りでは交通規制が敷かれ、オレンジ色の法被はっぴに身を包んだ人たちが、何基もの神輿をかついで威勢のいいかけ声をあげていた。

 大通りの両脇には数多くの出店でみせがならんでおり、皮の焦げたイカ焼きの香ばしい匂いが鼻をくすぐる。


「はぐれないようにしなきゃね」


 そういって、葉月が近くで凛の手を握るのがみえた。

 群衆のなかには、怪異の姿も数多くあった。

 よくみると、神輿の上には、白い羽に黒く長いくちばしを持った鳥がとまっている。

 灯里はその生き物を、図鑑のなかでだけ見たことがあった。

 トキだ。

 あたりを見回すと、ほかにも日本で絶滅したはずの生き物たちが怪異となって、人々の喧騒に混じって佇んでいるのがわかった。

 この喧騒のなかには、神さまとして祀られた怪異も紛れ込んでいるのかもしれない。


 神さまってふんわりとした概念なのかもしれないな、と灯里は思った。

 人々がおそれたり敬ったりしたものが、やがて神としてまつられることがある。

 死者の祟りをおそれ、実在した人たちを神として扱った歴史もあるらしい。

 神話を史実と考えるなら、そこで語られる神々もまた、もともとはこの世のどこかで普通に暮らしていた人たちだったのかもしれない。

 人混みのなかに紛れた怪異たちをみつめながら、灯里はぼんやりと、そんな風に感じていた。


 そんななか、鳩が一羽、人々の足元を縫うように、頭を前後にゆらしながら道路の向こう側をゆっくりと歩いているのがみえた。

 そして、その近くに、見覚えのある小さな肩を灯里はとらえた。

 刺繍が施された純白の衣。少女は、その裾を、石畳いしだたみの地面の上を長くすべらせるように引きずっていた。

 絆創膏のまかれたしなやかな指先には、一振りの扇子。

 すっかり夜に沈んだ駅前の喧騒のなか、祭りの明かりが、儚げに彼女を照らしている。

 ゆれる光のなかで、その姿は幻のように、今にも溶けて、消え去ってしまいそうだった。

 

「一千歌……」


 思わずその名前を呼んだ。

 彼女の隣には誰かが立っていた。

 背の小さな、流れるような長い白髪。

 男性だろうか。女性だろうか。

 長い髪は女性的だけれど、ここからではよくわからない。

 駆け寄ろうとした瞬間、灯里の目の前を、 豪華な彫刻と装飾の施された神輿が横切る。

 神輿と大勢の人々の歓声にさえぎられ、視界が奪われた。

 そして、人の波が通り過ぎたとき――。

 彼女の姿は、もうどこにもなかった。

 ふと、灯里の頬を風をかすめる。

 そのなかに、一千歌の匂いがほんのわずかに残っていた気がした。


「白狼。案内、お願いできる?」

「まかせろ」


 白狼がふたたび歩きだした。

 灯里は迷うことなく、その背中を追った。


「あ、どこいくの? 灯里!」


 背後から、葉月の声がとどいた。

 ふり返ると、葉月と凛が不安げにこちらを見つめていた。


「一千歌のところだよ」灯里は答えた。「ふたりも一緒にいこう。もしかしたら、思い出せるかもしれない」


 しばしの沈黙。葉月と凛が顔を見合わせる。


「いこうよ。ふたりだって、一千歌と一緒に遊んだことあるんだよ」


 そういって、灯里はふたりの目を交互にみつめた。

 彼女たちはやはり、しばらく黙っていた。

 そして、先に口を開いたのは凛だった。


「わたし、灯里先輩と一緒にいきます!」


 そう口にする凛の瞳には、なにか決意の光のようなものがみえた。


「……そうだね。灯里がそんなにいうなら」葉月が肩をすくめる。「もう、しょうがないなあ」


 彼女は大きく息をつくと、わざとらしく苦笑してみせた。


 †


 人々でごった返すにぎやかな駅前を離れると、にぎやかな喧騒もやがて静寂のなかへと消えていく。

 祭り囃子の小さな音が、思い出の残り香のようにわずかに灯里の耳にとどいていた。

 白狼のあとをついていくと、やがて、見覚えのある川が見えてきた。

 一千歌と一緒に出かけたとき、最後にきた場所……。

 タイル張りの立派な橋を渡りながら、川面を見つめる。

 黒い鏡のような水面は、両脇の街灯の光を乱反射させながら、穏やかに流れていた。


 西側からは柵があって降りられないけれど、東側からは川のほとりに行けるようになってる……。

 一千歌の言葉を思い出す。


 橋の欄干らんかんに、大勢のカラスがとまっていた。

 この時間に、こんな場所にカラスがいるのは珍しい。


 なんだ、あいつ。神の使いといっしょに歩いているぞ。


 近くにいる魔物がこちらをみていった。

 灯里は気づかないふりをして、白狼のあとをついていく。


 しんじょ、しんじょ。

 あんきゃりるますまする。いわんゆぅらりるりて。あたかりまする。ひゃうらりひゃらりと。ぐわんぐわん。


 なかには、意味がわからない言葉を投げかける者もいた。

 夜の底が、また一段と冷たくなる。

 隣を歩く葉月と凛が、不安げに灯里の浴衣の袖をつかんだ。

 視えてはいないはずだが、だんだんと人気がない場所へと来たこともあって、不安になったのかもしれない。

 夜の川の近くには、独特な雰囲気がある。


 なんだ、こいつ。


 魔物がいった。

 背中が曲がった小さな老人のようにもみえる、棒きれのような杖をついた魔物だ。


 こいつ、変だ。

 不気味だ。不気味。こわい。こわい。


 こわいのはこっちだよ。


 灯里は心のなかでつぶやく。


 花か? 花か?

 花だ。花だ。花、そして蜜。

 かわいい。


 次々と灯里の足元にすり寄ってくる、不定形の黒い塊のような魔物。

 邪魔だなあ、と思いながらも構わず歩いていると、ついうっかり、そのうちの一匹を踏み潰してしまった。


 ひどい。

 花、そして蜜だが、棘もある。

 棘か? 棘か? 針か? 刃か?

 切り刻まれるか?

 痛いか? 切り刻まれるか?


「うるさいよ」思わず、そう口にした。


 反応した。反応した。

 聞こえてる。聞こえてるぞ。

 返事した。おれにいった。おれにいった。おれだ。

 おれか? おれだとも。おれにさわった。おれにさわった。

 切り刻まれてもいい。

 かわいい。かわいい。

 変。変でもいい。すき。


 はあ、とため息をつく灯里。


 思い出した。思い出した。

 アマギリ。アマギリ。

 アマギリ、アカネ。アマリギ、アカネか? アマギリなのか、アマリギなのか?

 帰ってきたのか? 帰ってきたのか?


「それ、お母さんだよ」


 しゃべった。しゃべった。

 おれにいった。

 アカネ! アカネ! アカネ! アカネ!


「灯里だよ」


 アカリ! アカリ!


 灯里は少しだけ小走りになったあと、ボールのような小さな魔物をサッカー選手みたいに橋の上から蹴りあげた。

 ポーンと弧を描いて飛んでいって、ぼちゃんと川に落ちた。


 ずるい。おれも蹴ってほしい。

 おれだ。おれだ。

 アカリ! アカリ! アカリ! アカリ!


 それは、夜の静けさのなかを通りぬける、風のようなささやきだった。


「灯里。なに? さっきから独りごと?」けげんそうな顔でこちらを見る葉月。

「まあ、そんな感じ」


 気がつけば、魔物の大群がぞろぞろと灯里の後ろをついてきていた。

 なんだか百鬼夜行の先頭に立っている気になる。


「ねえ、本当にこっちであってるの?」灯里が白狼にたずねた。

「そのはずだ」白狼は答えた。


 灯里はしゃがみこむと、今度は足元の魔物にたずねてみた。


「女の子をみなかった? 裾を引きずるくらい長い白い着物を着て、ウェーブのかかった髪の毛の女の子。歳は、私と同じくらい」


 みた。みた。


「教えてくれる? どっちにいったの?」


 あっち! あっち!


 魔物たちの視線が、いっせいに川のほとりの方をしめした。

 そちらのほうに、多くのカラスが止まっているいるのに気がついた。

 まるで、探しものはここだと灯里に教えてくれているかのように。

 背の高い草をかきわけて、人の手の入りきっていない、土でできた川のほとりを、葉月や凛とともに歩いていく。

 その近くには、灯里にしか視えていない、大勢の魔物たち。


 静寂のなか、せせらぎの音が心地いい。


 魔物がしめした、夜の、流れる川のなか。

 月光に照らされた白い衣が、ゆっくりと水に沈んでいく。

 灯里は、思わず息を呑んだ。


 この目に映るものが、嘘でも、本当でも……。

 この呪われた身も、この呪われた目も、今はありがたい。

 この身でなければ、ここに来ることはできなかった。


 そこにいたのは、間違いなく一千歌だった。

 彼女の隣には、さきほども見た、流れるような長い白髪の子ども。

 それは、少女か、少年か。

 それはやさしげな表情で微笑みながら、一千歌の手を引いている。

 一千歌は腰のあたりまで川に浸かり、導かれるように、その流れのなかへと歩みを進めていた。


「一千歌!!」


 灯里はその背中に向かって、喉が裂けるくらいの声で叫んだ。

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