現実も、真実を知らぬ
「どうも、ユーラだけではない様だの。見知った顔の多いこと…」
コランセにもまた、怪物が襲いかかっていた。しかし、バハスと違ったのは、襲われ、食い千切られたという点にあったろう。平静を被った彼の姿は、立往生の姿そのものであった。
致し方のない事である。何故に。
それには、マンセスが答えた。
「ああ、私の知人が大半だ。つまりは、御老公の教え子なわけだが」
彼の、教育者としての、これまでの全てに近しい人々が、自身の眼前にあってその鼓動を止めている。本来ならば出ようはずの涙すら、行き場を失ったのか、流れない。寄る方ない船人は、ただ悲しく、静寂を保つ。
1つの空間はこの時、空間としての一体性だけを残して崩壊していた。1人は死者を前に崩れ落ち、1人は神を前に立ちすくみ、いま1人は現実を前にして何もしようとしなかった。いや、何もできなかったという表現が適切かもしれないし、あるいは、同時に、不適切かも分からなかった。何かできるのなら既に何かしていただろうし、おそらくそれは成功していたに違いないからだ。
マンセスは、この時、ただただ、立っていたに過ぎないのである。何か確たる土台の上に凛として立っていた。しかしながら、その土台がなんであるかは、当の本人にすら判然としないでいた。
足元のそれが、
事実なのか、
真実なのか、
あるいはまた、
真理なのか。
そも、ただの虚構に過ぎないのか。
しかし、間違いなくそれがあってようやく彼は立っているのであり、彼を拘束していた。それは事実である。
路征く夜に、賛辞歌を。 藤原朝臣 @9b6d
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