廊下の会話
灰色の支配する曇り空は、時に雨をもたらし、人々の心に冷風を吹かせる。石の敷かれた道には、所々水溜りができている。道ゆく人々は深く帽子を被り、自分の素顔を晒さないようにしている。彼らは、自分の足によって跳ねる水溜りの小さな音、それに意識を向ける余裕など持ち合わせていなかった。
建物が密集する中、一つの建物の異様さは際立ちすぎていた。いつ建てられたのか、その外見からは推し量ることを許さない。増改築を重ねた事により、外見一つとっても、建築様式の新旧入り混じったものとなっていた。そしてそれは、建物の中でも言える事であった。
「全く、どうしてこうも寒いんだね」
「コランセ様、申し訳ございません。ユーラ様が突然お呼びしろなどとおっしゃいましたから」
老人、コランセの前を歩く少年が幾度目かもわからないお辞儀をする。バハスにはそれ以外にどうしようもなかった。上流階層出身ならば咄嗟の世辞やはぐらかしなど、造作もなくこなしたに違いない。しかし市民階層出身の少年にとっては慣れたくとも慣れぬ事だった。故に、明らかに自身よりも高位にあって、尚且つ歳も上も上となれば、緊張して仕方のない事ではある。
しかしコランセにとっては、そんな事どうでも良い些事だった。まして、だからと言って気を使うなど思いもしなかった。
「いつから操術博士は天候を左右できる様になったのかね?ん?」
盛大な嫌味である。
こんな事を言われてしまっては、バハスにできることなど限られていた。いや、バハスだからこそ、選択肢がなかったと言える。
市民階級出身の身で、七博士の一人に師事できたなど、例外中の例外だった。そんな彼は、ちょっとした事でいつでも今の環境から追放され得たのである。
「申し訳ございません」
バハスは足を止めてコランセに向き合い頭を下げた。
ー"はぁ……、ユーラめ、此奴に何を教えおったのだ"ー
コランセには教育者としての自負があった。出自などは彼にとってはただの区別用語でしかなく、人、それも年端もいかぬ少年などは、彼の教育対象だった。それだけに、目の前で頭を下げる以外に術を持たぬ少年を内心哀れに思ったのだ。本来ならば周囲が気遣い、社会儀礼を教えるだろう。しかしそれを少年の出自が阻んでいた。それが現実であるだけに、一層、その事実は暗く重かった。
「小僧、もう少し社交を学べ。そんなのではユーラの後に続けんぞ」
コランセはバハスの肩を思い切り叩きながら励ましに近しい言葉を送った。
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