コートとセーターとスカートとハイヒール

まつだつま

冬の朝

『今日は、西高東低の気圧配置が一段と強くなり、この冬一番の厳しい冷え込みになります。今日から明日にかけても気温は上がらず、市内でもホワイトクリスマスになりそうです。お出かけの際は暖かくしてお出かけください』

 隣のリビングから女性アイドル顔負けのルックスをした気象予報士の鼻にかかった声が聞こえてきた。彼女曰く、今日はこの冬一番の冷え込みになるみたいだ。福田彩希は今日はどうしようかと腕を組んだ。

「彩希、今日はこの冬一番の寒さみたいよ。こんな日は外出しないで、家でおとなしくしておいた方がいいわよ」

 リビングにいる母親の声が聞こえたが、彩希はそれを無視して「フン」と鼻を鳴らした。

「彩希は今日どうするの」

 続けて母親がさっきより高くて大きな声で彩希にきいた。

 彩希はお気に入りの下着を身につけただけの姿で、ベッドの上に並べた洋服に視線を落としたまま立っていた。

「これから出かける」

 彩希は声を張った。

「こんな朝早くからどこに行くつもりなのよ。今日は冷え込むみたいだから出かけない方がいいわよ」

 母親が彩希の部屋のドアを開けて顔を覗かせた。

「お母さん、今日はクリスマスイヴだよ。家にいるのはもったいないよ。あたしは今から真人とドライブに行ってくるからね」

 彩希は母親に顔を向けることなく、ベッドの上に並ぶ洋服に視線を落としたまま言った。

「友達と過ごすクリスマスイヴは楽しいかもしれないけど、お父さんが帰ってきた時に彩希が家にいてくれたら、お父さん、きっと喜ぶのに」

「いいの、いいの、そのかわりにお正月はずっと家にいて、初詣もお父さんといっしょに行ってあげるから」

 彩希は母親に顔を向けて言って、最後にニッと笑みを浮かべた。

「本当にお正月はお父さんといっしょにいてくれるのね」

「はいはい」

 彩希は適当に返事をして、やっと決まった洋服に着替えはじめた。

「こんな朝早くからそんなにあわてて出かけることないでしょ」

「お母さん、今日は晩御飯いらないからね」

 洋服が決まってからの彩希は早かった。すばやく着替えを済ませたあと、バッグを持ってすぐに玄関へと向かった。

「彩希」

 母親が玄関まで彩希を追いかけてきた。

「こんな日は家で過ごせばいいのに」

 母親がブツブツと一人言のように彩希の背中に向かって言った。

 彩希は母親の言葉を聞こえないふりをして、下駄箱からブーツを取り出した。彩希はそこで手を止めて悩んだ。しばらく考えてから、取り出したブーツを下駄箱に戻してハイヒールを取り出した。

「今日は朝から雪が散らついて路面も凍ってるみたいよ。ハイヒールはやめた方がいいんじゃない。転んじゃうわよ。それにスカートもやめた方がいいわよ。転んだらパンツが丸見えになるわよ」

 母親が眉間に皺を寄せた。

「大丈夫よ。あたしはお母さんみたいにおばさんじゃないから足腰は柔軟で頑丈なの」

 彩希はそう言ってハイヒールに足を入れた。

 母親は「フン」と鼻を鳴らした。

「寒いから暖かくして、気を付けていってらっしゃいよ」

「はーい、いってきまーす」

 彩希は勢いよく玄関を飛び出した。


 彩希は家の前の短い階段を下りていった。

『カツ、コン。カツカツコン。コン、コン、カツ。カツコン』

 ハイヒールで歩く音が凍った路面に不規則に響く。

 母親の言う通り、確かに路面が凍っていてハイヒールだと歩きにくい。彩希は足元に神経を集中させた。

 歩きにくいけど、真人はスカートとハイヒールが好きだ。真人が近くまで車で迎えに来てくれてるからそこまでの辛抱だ。

 彩希は肩をすくめて足元に注意しながら真人との待合せ場所へと向かった。

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