第45話 はじめてのお仕事

「それではクラーラさん。この水晶玉に手を添えてください」


 私は受付嬢さんに言われるがまま、ギルドのカウンターに置いてある玉に腕を伸ばした。

 手のひらがそれに触れた瞬間、空中に光が浮かび上がり、ゲームのメニュー画面のようなものが描き出された。

 私の名前。性別。年齢。冒険者ギルドに登録した日付と場所。依頼をこなした回数――などなど、私に関する情報が羅列されている。


「はい。ちゃんと表示されましたね。クラーラさんが冒険者として登録されている証拠です」


「これってどういう仕組みなんですか? 私の手のひらになにか埋め込んだわけでもないのに」


「この水晶玉に――というか、水晶玉が繋がっている記録装置に、冒険者たちの情報が保存されているの。で、水晶に手をかざした人の魂を読み取って、それと一致した冒険者の情報をこうやって表示するわけ」


「ははあ。魂で本人確認しているんですか」


 カードとかハンコより、ずっとセキュリティが高い。

 無くしたり盗まれる心配もないしね。


「これって王都以外の冒険者ギルドでも、同じように表示されるんですか?」


「いいえ。さすがにそこまで便利じゃないわ。だからクラーラさんが別の町の冒険者ギルドに活動拠点を移したくなったら、私に教えて。クラーラさんの情報が保存された魔石を用意するから。それを持っていけば、よその冒険者ギルドにもクラーラさんの情報が保存されるわ」


 なるほど。インターネットがないからUSBメモリを持ち運んでデータのやり取りをしているような感じか。


「受付嬢さん。せっかく冒険者になったんですから、なにか仕事をしたいです」


「そう言うと思ったわ。実はクラーラさんを指名した依頼が来ているの。登録したての新人が指名されるなんて、普通はないわよ。さすが野生の聖女ね」


「ほほう、私を指名ですか」


 自分で言うのもなんだけど、王都で一番有名な十一歳ですからね。


 初めてのお仕事だ。

 どんなことをするのかなぁ。

 私はワクワクしながら、受付嬢さんに教えられた場所に向かう。


「クラーラさん、よく来てくださいました。さあ、これに着替えて、そこに寝転んでください」


 私は白いネグリジェに着替え、お揃いのものを来たリリアンヌ様とベッドで添い寝をした。

 ……って、ここ王宮じゃねーか! リリアンヌ様の寝室じゃねーか!


「これのどこが冒険者の仕事なんですか!」


「あら。新人なのに仕事をえり好みしようなんて贅沢ですよ」


 そういう問題じゃねぇ。


「帰ります」


「引き受けた依頼を途中で投げ出すなんて駄目です。それにクラーラさん、今日も橋の下で一夜を明かすつもりでしょう」


 え。リリアンヌ様、どうしてそれをご存じで?


「うふふ。王族の情報網を舐めてはいけません。駄目ですよ、幼い女の子がそんなことをしては」


「リリアンヌ様。正確には橋のじゃありません。橋のです」


 最初は、普通に橋の下で眠ろうとしたのだ。

 ところが、橋の下にはホームレス的な人たちがすでに陣取っていた。その人たちの邪魔にならないよう、私は橋の裏に張り付いて眠ったわけだ。


「なにを真顔で言ってるんですか! その奇行のせいで、少女の幽霊が出たって騒ぎになってるんですよ!」


 え。


「ど、どうして……私、無愛想なのはよくないと思って、橋の下にいた人たちに『こんばんは』って、ちゃんと挨拶しましたよ。友好的に微笑みながら!」


「暗い夜、突然、頭上から声をかけられ、見上げてみれば少女が橋の裏に張り付いて笑っている……幽霊としか思えないでしょう!」


「そんなことはないと思います……」


「現になってるんです! 王都の治安を乱して……悪いクラーラさんにはお仕置きをしなきゃですね」


「お仕置きですか? ふふん。こう言ってはなんですが、リリアンヌ様より私のほうが強いんですよ。どんなお仕置きをするつもりか知りませんが、いざとなったらスタコラサッサと逃げますから……んひゃぁっ!?」


 耳!

 リリアンヌ様に耳たぶを甘噛みされたら、なんか変な声が出た!


「あらあら。期待していた以上に可愛い声を出して……クラーラさん、耳が弱点なんですね」


「いえ、そんなことはないと思い……にゃぁぁ!」


 はむって噛まれたら体がビクンってする。なんぞ、これ。今までこんなことなかったのに。まあ、今まで耳を甘噛みされたことなんてなかったけど。前世でもそういうことしてくれる人いなかったけど!


「も、もうやめてください……」


「あら。スタコラサッサと逃げたらいいんじゃありませんか?」


「足腰に力が入らないんです……」


「まあ。本当に耳が弱点なんですね。これはこれは……ふぅー……」


「っ!」


《『スキル:耳が敏感』を習得しました》

《説明。耳が敏感とは、女の子に耳をハムハムされたり、ふぅーふぅーされると、気持ちよくなってしまう能力です》


 これってスキルなの!?

 しかも女の子からじゃなきゃ敏感にならないんだ。風吹いただけでビクビクしなくて済むのはありがたいけど。本当になんの役に立つスキルなんだ。


「クラーラさんったら。力が入らないとか言いながら、私にギュッて抱きついて……本当はもっとして欲しいんですね?」


「違います、勝手に体が動くんです!」


「体は正直だぜ、ってやつですね」


「も、もう許してください。二度と橋の裏に張り付いたりしないので!」


「橋の裏……ああ、そういう話でしたね。ええ、はい。反省できて偉いです。偉いので、ご褒美にお耳をもっと気持ちよくしてあげますねー」


「どうしてそうなるんですかぁぁぁ!」


 という感じでリリアンヌ様に耳をオモチャにされまくり、気絶するように眠った。


 次の日。

 ギルドに行ったら「依頼主はクラーラさんの仕事っぷりに大変満足したらしいですよ」と受付嬢さんから報酬を渡された。

 そのお金はギルドの口座に入れておく。冒険者向けに銀行業務もやっているのだ。


 冒険者は、最初の仕事で命を落とすケースが多いらしい。

 私は初仕事を無事に終えた。これでようやく立派な冒険者だと胸を張れる。……いや、なんか違う。


「あの。もっと冒険者らしい仕事はないですか? 魔物討伐とか、盗賊退治とか」


「うーん……ゴブリン退治の依頼はいつでもあるけど」


「ゴブリンはもう飽きました」


「それ以外の討伐依頼は……ないわね。素材として価値のある魔物の死体は、いつでも買い取ってるけど。あと薬草も高価買取り中よ。これといった依頼がないときは、そういうのを集めて稼ぐといいわ」


「ゴブリン退治しか仕事がないなんて……王都の周りって平和なんですね」


「そりゃ、王都だもの。あ、一つ面白そうな依頼があったわ。月下美人って植物知ってる?」


「一年に一度しか花が咲かないというあの」


「そう、それ」


 育て方によっては二度も三度も咲くらしいけどね。


「月下美人の一種で、月光マシマシ美人マシマシ女体オイルまみれって植物があるんだけど」


「……え。なんて?」


「月光マシマシ美人マシマシ女体オイルまみれ」


「すいません、もう一回」


「嫌よ。そう何度も口に出したい名前じゃないんだから」


 せやな。


「で。その卑猥な名前の植物がどうかしたんですか?」


「こんな卑猥な名前なのに、その花が薬の材料になるらしいのよ」


「へー」


「でも、とっても貴重な植物なの。とある山奥で生育が確認されているんだけど、そこまでの道のりが凄く険しくて。おまけに強い魔物が沢山いるから、手に入れるのが大変なの。月下美人は年に一度の開花だけど、こっちは十年に一度。そして、今が丁度その時期」


「その花を採取しろって依頼があるんですね?」


「そういうこと。並の冒険者には任せられないけど、クラーラさんなら大丈夫でしょ」


「任せてください! ところで……その花で作る薬って、どんな効果なんですか?」


「さあ……でもかなり高額の依頼だし。貴重な花だし。きっと凄い効能の薬よ」


「なるほど。なんにせよ、薬の材料になるなら人助けになります。では、行ってきます!」


 私は受付嬢さんから地図を受け取り、気合いを入れて出発しようとする。

 今度こそ冒険者らしい仕事だ。頑張るぞぉ。


「あ、待って、クラーラさん。途中に橋がいくつかあるけど……裏に張り付いて近所の人を驚かしちゃ駄目だからね?」


 こんなところにも情報が回っていたか……。

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