第19話 ゴブリンだ! 竿役だ!

 私は冒険者たちのあとをつける。

 男三人、女二人のパーティだ。

 とても森を歩き慣れている様子。きっとベテランの冒険者たちだ。

 盗み聞きする限りでは、いつもこの五人で活動しているわけではなく、私を討伐するためにギルドが集めたメンバーらしい。


「それにしても全身が泥で、人の形をしていて、しかも喋る魔物なんて本当にいるのか? 仮にいたとしても、五人も必要ねぇだろ。泥だぞ、泥。ギルドは慎重すぎるぜ」


 デカい剣を背負ったデカい男がぼやいた。


「相手は正体不明です。警戒するのは当然でしょう。負けて困るのは私たちだけではなく、依頼主の村人たちもです」


「ふん。お姫様は真面目だなぁ。それとも、生活費の心配がないご身分だと、取分の計算さえしないってのか?」


 なんだか険悪な雰囲気。


 それにしても、お姫様って呼ばれた人、美人だなぁ。

 三角帽子を被って、杖を持っていて、魔女風の姿。きっと魔法師だと思う。

 もちろん、この姿で前衛って可能性もゼロではない。私もかつてはオンラインゲームで、職業が魔法使いなのに杖で殴りまくる殴り魔プレイをしていた。戦士ほどの攻撃力はないけど、回復魔法があるから戦闘継続力はそこそこ高かったのよ。


 まあ、ゲームならともかく、死ぬかもしれない現実でそんな非効率的な戦い方はしないでしょ。


 しかし、お姫様か。本当に王宮にいそうなほど気品ある美人だ。

 王族ってことはないと思うけど、それなりに高い身分の人かもしれない。貴族の令嬢かな? だとすれば、どうして冒険者なんかやってるんだろう?

 人には事情が色々あるからなぁ。私だって男爵令嬢なのに、ひょんなことから魔物の生肉ムシャムシャする羽目になったし。


「あら? あそこにいるのって、ゴブリンじゃないかしら?」


 弓を持った女性がそう呟いた。


 ゴブリンはファンタジー系の創作物ではお馴染みの存在だ。この世界でも、旅人を襲ったり畑を荒らしたりすることで有名な魔物である。


 一匹一匹は雑魚。けれど繁殖力が強い。ゴブリンはオスしか生まれないので、ほかの動物や魔物をさらってきて孕ませるという恐るべき生態を持つ。

 ヨーロッパの伝承のことは知らないけど、日本の創作物ではおおむねそういう設定だった。特にエッチなマンガやゲームでは確実にそうだった。ゴブリンは触手と並んで、竿役として酷使される存在なのだ。


 え? なんで私がエッチなマンガやゲームにそんな詳しいのかって?

 それは……たまたまだから! ネットで見かけただけだから!

 買ってないから! あんまり買ってないから! ほぼ体験版だけだから!


 と、とにかく、この世界のゴブリンはゲームやマンガに出てくるゴブリンと同じような生き物なのだ。

 シルエットは人間に近い。大きくなっても身長は百四十センチ程度。肌は緑色。棍棒を振り回す程度の知能があって、そのせいか腰巻きで股間を隠している。でも複雑な道具を作れるほどではない。放棄された建物とか洞窟とかを根城にして雨風を凌ごうという意識はあるけど、風呂に入る習慣がないから汚い。


 現われたゴブリンは、泥だらけ。緑色の肌はほとんど見えておらず、茶色いところのほうが圧倒的に多かった。


 冒険者たちは身を低くし、ゴブリンを観察する。


「一匹だけか……」


「だが、ゴブリンは一匹見つけたら百匹いると思え、と言うからな。跡をつければ巣が見つかるはずだ」


「泥の化物の正体はゴブリンだろうな。たまにいるんだよ。ゴブリンをとんでもねぇ化物と見間違える素人が。今回の仕事は、ゴブリンの巣を殲滅してお終いだ。早々に決着がつきそうでよかったぜ」


「狭いところだと私の弓矢はあんまり活躍できないのよね。それでも報酬はちゃんと五等分してよ」


 彼らは泥の化物の正体がゴブリンと思い込み、すでに仕事が終わったかのようなムードになった。

 ただし、お姫様だけは緊張を解いていない。


「まだ泥の化物がゴブリンだと決まったわけではありません。それにゴブリンだからって油断していいわけでもありません」


「けっ! そんな堅苦しい考え方で、生きてて楽しいのか?」


「まあまあ。私たちが油断した分、お姫様が警戒してくれるってんだから、任せましょうよ」


 弓使いの女性も、仲裁こそすれど、気を引き締めようとは思わないらしい。


 ところで、私は一定の距離で冒険者たちを追跡してるんだけど、誰も私に気づく様子がない。油断するなと言っているお姫様でさえ、こっちを気にする素振りもない。

 あれかな。

 何ヶ月も森で生活して、魔物狩りを日常にしていたから、気配の消し方がベテラン冒険者にも通用するくらい上手になったのかな? だとすれば嬉しいな。たんに影が薄いだけなら悲しいな……。


 私が冒険者たちにしているように、彼らもゴブリンに気づかれることなく追跡して、やがて洞窟に辿り着いた。邪教徒の洞窟より入口が大きい。きっと中も広いんだろうな。


「ねえ。あんたら男三人で突入して、ゴブリンを外におびき出してよ。そしたら私とお姫様で仕留めるからさ。お姫様もそれでいいでしょ?」


 弓使いの提案に誰も異論を挟まなかった。

 男三人がそれぞれの武器を構えて洞窟に入っていく。

 しばらくすると、地鳴りのような音が近づいてきた。

 ゴブリンの群れが男たちを追いかけて洞窟から飛び出してきたのだ。


「ふふん。ゴブリンって思考が単純よね。お姫様、入口を塞ぐわよ!」


 弓使いは、矢の先端に小さな爆弾をつけて射る。

 同時にお姫様も、杖の先端を洞窟に向け、魔法で火球を作って発射した。

 着弾と同時に爆発が起きた。洞窟の入口が崩れ、ゴブリンたちの退路を塞いでしまう。


 出てきたゴブリンは二十匹程度。

 まだ中にいたとしても、まとめて相手するよりは分断して倒すほうが楽だもんね。暗くて狭い洞窟の中とか、人間からしたら戦いにくいし。これはいい作戦だと思う。さすがはベテラン冒険者だ。


 弓使いとお姫様は、さっきと同じ攻撃をゴブリンに撃ち込んだ。

 何匹かは爆発の炎に焼かれ、別の何匹かは衝撃で吹っ飛ばされる。

 仲間の惨状を見たゴブリンは戦意を失って散り散りに逃げようとする。統率を失ったゴブリンを倒すなんて、ある程度の実力者なら簡単だ。男三人がバッタバッタと斬り伏せていく。


「さて、洞窟の中に生き残りがいないか確かめるぞ。あとは、泥の化物の正体はゴブリンだったと村人に説明して、王都のギルドで報酬を受け取るだけ。やっぱ楽勝だったな」


 大剣を持った男がそう言い終わると同時に、洞窟を塞いでいた土砂が内側から弾け飛んだ。

 そして土煙の奥から一匹のゴブリンが出てきた。

 そう、一匹だけだ。ただし、とてつもなく大きい。

 身長三メートル超えは確実。


「ゴブリン・ロードだ!」


 誰かが叫んだ。

 ゴブリンの変異種、ゴブリン・ロード。

 これもまたフィクションではお馴染みの存在で、転生してから読んだ本にも書いてあった。

 極稀にゴブリンが突然変異を起こして巨大化することがある。本来は力が弱く、群れの力に頼るゴブリンだが、ロードは別格だ。

 一対一で戦うのはベテラン冒険者でも無謀。たとえパーティーで挑む場合でも、入念な準備が必要。もし思いがけず遭遇してしまったら、とにかく逃げの一手しかないらしい。

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