第17話 泣いた聖女

 天気が荒れるたび、洞窟は偉大だったと思い知る。

 木の下に隠れても雨を完全には防げないし、横風が強かったらどうしようもない。

 防御障壁で自分を包めばいいじゃーん、と、やってみたら密閉性がありすぎて酸欠で死にかけた。かといって穴を空けるとそこから雨が入ってくるし、そもそも防御障壁を維持し続けると魔力をそれだけ消費する。寝たら当然、防御障壁が解除される。


 あの洞窟じゃなくても、ほかにいい感じの洞窟が見つからないかなぁ。

 なんなら人里が見つかってもいいのよ。

 いい加減、誰かと話したい。独り言ばかりなので他人との会話の仕方を忘れた気がする。


 なんて思いながら雨でぬかるんだ森を歩いていたら……人間の姿を見つけた。

 いやいや、落ち着きなさい、私。

 前にも似たようなことがあったじゃないか。人間だと思って喜んで近づいたら骸骨だったじゃないか。

 期待してはいけない。ほら、よく見れば……よく見ても人間じゃね?

 ちゃんと服を着てるし、肌があるし、目に生気がある。

 斧を木にスイングしてる。

 木こりさんだ!


 冒険者とか国の兵士だったら魔物狩りのために人里離れたところに行くかもしれないけど、木こりさんはそんな遠くまで行かないよね? 木材運ぶの大変だろうし。

 つまり、この近くに村かなんかがあるのだ。

 遭難生活とおさらばだ!


 私は木こりさんに助けを求めようとして、けれど思いとどまった。

 自分の恰好を思い出したのだ。

 私の放浪が始まってからどのくらい経ったのか正確には分からないが、何ヶ月も経っているのは確かだ。

 一張羅のドレスは当然、ボロボロである。

 辛うじて服の形を保っているけど、あちこち穴だらけ。

 角度によっては乳首を見られちゃう。恥ずかちぃ!

 いや、そんなこと言ってる場合じゃないんだけど、男爵家の令嬢として節度を守りたい。

 なんかいい方法はないか。乳首解禁するしかないのか。


 あ、そうだ。いいこと思いついた。

 雨上がりの地面は泥だらけじゃん? だからゴロゴロ転がれば私も泥だらけになって肌を隠せるじゃん!

 私は自分の頭のよさに感心しながら、さっそくゴロゴロ転がりながら木こりさんに接近していく。

 ああ、これでようやく人間に会えるんだ。涙が出ちゃう。楽しみすぎて自然と大声が出ちゃう。


「人間人間人間ニンゲェェェェェンッ!」


「うわ、なんだ、泥の化物ッ!?」


 私は会いたくて会いたくて叫んでいるのに、木こりさんは悲鳴を上げて逃げ出した。

 なぜ!?


「怖くないよ怖くないよ怖くないよぉぉぉぉぉぉっ!」


「怖いぃぃぃぃぃっ!」


 こんなに訴えているのに想いが届かない。

 悲しい。

 私が普通の女の子だって、どうしたら分かってもらえるんだろう。


 おや? ……大変だ!

 別の方向からイノシシが向かってくる。魔力を感じるから魔物だ。木こりさんが狙われている。

 私はゴロゴロ加速。その勢いのままイノシシに踵落とし。

 ぐしゃぁぁぁぁぁぁぁ! 飛び散る肉片! 美味しそう!

 お腹が減っていた私は、四つん這いになって肉片を食べる。


 そんな私を木こりさんが唖然と見つめている。どうしたのかしら。

 もしかして木こりさんも空腹なのかしら。

 だったらお近づきの印。こっちに敵意がないことを示す意味を込めて、私は木こりさんに微笑みかける。


「い、一緒に食べますぅぅぅぅぅゥゥゥウッ!?」


「うわぁぁぁ、助けてくれぇぇぇぇ!」


 いっけない。

 他人と話すのが久しぶりすぎて、つい大声を出しちゃった。

 木こりさんは斧を投げ捨てて走り出した。私はそれを拾って追いかける。

 落とし物だよー!


「みんな、大変だ! 化物だっ! 森で化物が出たぁっ!」


 木こりさんは畑仕事をしていた人たちに叫んだ。

 そう、畑である。文明である。私は人里に帰ってきたのだ。

 感動の余り、立ちすくんでしまう。


「うわぁぁぁん、うわぁぁぁぁんっ!」


 それどころか声を上げて泣いてしまった。


「本当だ、泥の化物だ!」

「甲高いうめき声を上げてるぞ!」

「子供たちを避難させろ!」

「失せろ、化物!」


 村人たちは石を私に投げてくる。

 なぜ。どうしてこうなった。私はみんなとお話がしたいだけなのに。

 クワや鎌を振り上げて、私に襲い掛かろうとする人まで出てきた。

 下手に反撃したら殺しちゃう。

 私は泣きながら森に帰った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る