第46話 「残りの人生、ずう~っと一緒に君と暮らしたいんだ!」

 車を発進させて暫くすると、小高の胸は急に淋しくなり心がとても寒くなった。

ああ、これでもう好美には逢えなくなる・・・

寂寥の思いが小高の胸一杯に拡がった。

彼は一言も喋らずに、ただヘッドライトの光の先をじっと見詰めて車を走らせた。

好美も何か言いたかったが、言葉が上手く出て来なかった。二人が黙りこくったままに車は走り、程無くして、好美のマンスリー・マンション前へ到着した。

好美が静かな口調で言った。

「ねえ、雄一さん、わたし、何かあなたの気に障るようなことを言ったりしたりしたのかしら?」

その言葉に我に返った小高が答えた。

「うん?いや、とんでもない!そんなことは一切無いよ、君」

「それなら良いんだけど・・・」

好美が腕時計に目を落とした。

「じゃ・・・もう行かなくっちゃ・・・」

彼女は安全ベルトを外して車のドアを開けようとした。その時、小高の手が好美の腕を掴んだ。

「好美・・・」

「なあに?・・・雄一さん」

「行かないでくれ・・・」

「でも、もう遅いわ」

「違うんだ。東京へ帰らないで欲しいんだ」

好美がドアから手を放してシートに座り直した。

小高が続けた。

「此処に、この京都に居てくれ・・・それが駄目なら僕が東京へ引っ越すよ」

「そんなこと、簡単に言って良いの?」

「うん、良いんだ。好美、君は素晴らしい女性だよ。ファッションに一生懸命な君が大好きだ。自分のブランドを創る為にチャレンジし続ける君が大好きだ。絵画や美術や自然、或は、建物や寺院を愛でる君が大好きだ。古い名画を観賞する君が大好きだ。僕の原点を寛容に受容れてくれる君が大好きだ。微笑む君が大好きだ。君の姿や形、見た目も大好きなんだ。君の優しくて芯の強い性格にすっかり惚れちまったんだ!」

小高の手は汗に濡れ、喉は乾ききっていた。 

「残りの人生、ずう~っと一緒に暮らしたいんだ。好美、君と結婚したいんだ!」

 好美は長い間、黙って居た。

小高は好美の顔を見るのが怖くて、濡れた手でハンドルを握り締めたまま、じっと前を見つめていた。

やがて、好美が囁くように言った。

「良いわ!解ったわ」

小高はゆっくりと好美の方に顔を向けた。

「そんなに簡単に言って良いのか?」

小高が先ほどの好美の口調をその侭そっくり真似て言った。

「そう、そんなに簡単で、良いの」

そして、更に続けて好美が言った。

「でも、洋子さんの代わりじゃ嫌よ」

「彼女は関係無いんだ。誓って言うよ、もう十年も昔に終わった話だ!」

「そうよね。もう過去の話だったわね。ご免なさい」

好美は二人の先のことだけを考えるようにして続けた。

「私は自分のブランドを立ち上げる夢を追うから、京都に居残ることは無理だけど、でも、京都と東京と言っても、今の時代、携帯も有ればメールも有るし、LINEも有る。逢いたくなったらお互いに新幹線で三時間も有れば逢えるわ」

好美はそう言うと小高の方に身を寄せて来て、二人は唇を重ね合わした。

 好美は思っていた。

嫉妬や妬みや足の引っ張り合い、挫折や悲嘆や失意、成功の高揚や輝き、そんな心身が擦り切れるような毎日でも、これからは独りじゃないんだわ、愛し合い信じ合う人生の伴侶が居るんだわ、これは確かに大きな希望だわ・・・

 小高も同じことを感じていた。

聡明でナチュラルで、それでいて挫けない心を持った人生の相棒が出来たんだ。俺は彼女の希望であり続けたいし、彼女も俺の希望で在り続けて欲しいと思う・・・

「お互いがお互いの希望であり続けたいと願い合う相手が居ると言うことは素晴らしいことなのね」

小高も好美も、これから始まる人生の旅への大きな期待が身体中に満ち満ちて来るのを感じていた。

二人はまた熱い抱擁を交わし、そのまま暫くじっと動かなかった。

晩秋の霜月の高い空から、半欠けの月の光が、車窓越しに二人を冴え冴えと照らしていた。

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