夢のまた夢

 如月と二宮たちは、ビオトープと呼ばれる人工の自然林を抜けた。ちらほらと小道を照らす街灯がついていて、冷たく照らしている。


「領主一門のわたしたちで何とかする」

「領主?」

「烏間は策士。脇坂は付喪の術が衰えてから自分の結界から出ることはなかった」


 領主同士領地を奪い合うなら、関わるなという気持ちもわからないでもない。烏間が領土を拡大支配するようになれば、他の領主の力が弱まる可能性がある。

 響夜は二宮の背を見ながら尋ねた。


「高校生か?」

「悪いか」

「いや。俺は小学校も知らん。学校は楽しいんかなと思うて。友だちとか」

「今話すことじゃない」

「そうなんやけど。おまえは烏間とやらから印を奪えばいいということや。奪い返した印は脇坂に返すんか。相手は地獄穴も操れるし、自分で飛ぶ奴やろうが」


 二宮は背中越し打刀を掲げた。


「わたしにはこれがある」

「斬れるんか」

「バカにしてるの?」


 軍は、引き上げるとのことだが、おそらく国としては「緩衝領土」には興味があるはずだ。肉体という枷を失うことができた魂がどんな力を持つのか知りたいに違いない。魂の国とはどうなるのだ。国や企業だけではない。どんな人でも多かれ少なかれの興味は抱いているはずだ。


 如月たちは林を抜けると、意味がわからないモニュメントに身を隠した。林から石のモニュメントなんてどういう神経をしているんだ。

 如月はポケットからプラスチックに入ったラムネの粒を渡した。


「ブドウ糖や」

「いらない」

「ちょいと落ち着こうや」

「落ち着いてないのはあんたよ。あんな見え透いた罠に飛び乗ろうとした」

「ほんまに飛び移る気あれば、止められてないわ」


 二粒目を噛み砕いた。

 二宮は睨んできた。


「あれでここの気配探れたやん。アホみたいに気合い飛ばすからや」

「狙ってたの?」

「当然や。おまえこそカッカしとる」


 如月は、隠れるのをやめてモニュメントから出た。界隈が空間ごと封鎖されてしまい、もはや隠れていようがいまいが関係がない。


「ここまで誘われてるんや。隠れる意味ないやろ。倒すか倒されるかやで」


 如月は、二宮の見せた悲しそうな顔を思い出したが、口には出さずにいた。ときどき冷たい風に交じってぬるさが流れる。川の水はどこかの排水のせいでぬるい。


「印、泥棒は知り合いなんやろ」

「領主の繋がりがある」

「斬るに斬れん。すべて言わせるな」

「兄のような存在よ。こんな制度はおかしいと話してた。領主はそれぞれ力が弱くて維持し続けるには不安定すぎると」

「おまえはどうなんや」

「まだ子どもの頃よ。うまく理解できなかった。今もわからない。力を持てば、独裁や虐殺なんて簡単にできる」


 結界で世界が剥がされた。見えている世界は別の世界。同じように見えていても領地の中に沈められた偽りの街。


「支配したいもんかね」

「たぶんね」


 響夜はふっと気づいた。二宮を誘い込もうとしている。そのことに二宮も気づいたようで隠れるのをやめた。


「脇坂には継承者がいない。奪い返した印は二宮が預かることになる。もちろん脇坂に跡継ぎができれば返すんだけど」

「もう二人、結婚したら?」

「何で、そうなるのよ。嫌よ。わたしは好きな人と結婚したい。政略結婚はしない」

「兄さん、好きなんやろ?」

「わたしは古い因習に囚われたくない」

「おまえら妖の力の持ち主が普通の暮らしなんてできるんか」

「できない」


 即答した。


「夢よ」

「夢か。かなわんかもしれん夢のために生きてる。それも人生やろ。やるか」

「あんたは手を出さないで」


 如月は、拳を突き立てた。空間が歪んで、三つの青白い炎が地面に落ちた。

 他の敵へと踵を落とした。

 陰鬱な光が放たれる。


「魂は宇宙や。俺の拳は一つの宇宙を潰してるようなもんや。そこにはいろんな人がいろんな考えでお互いに気づかいながら生きてるかもしれん」


 響夜は鬼を倒した。

 後ろの影を蹴飛ばした。


「おまえらにはおまえらの事情もあるんやろ。手を出すな言うなら見とくわ」


 話し終えて深呼吸をした。

 残心。

 視線に人影をとらえた。


「でもムリするな」

「斬るぞ」


 如月は後ろに退いた。


 ☆☆☆☆

 二宮は烏丸に正対した。


「愚かな人を我々が導く」

「わたしたちが支配するのは違う。わたしは愚かしいことをしようとする人を救う」

 

 烏丸は姿を消した。

 すれ違い様、二宮は吹き飛ばされかけたが何とか堪えた。

 響夜が見ている。

 無様な姿は見せたくない。

 烏丸は挟まれた格好になると、背後の如月を気にかけながら黒い翼を広げた。


「如月、手を出すな! これはわたしたちの問題よ」

 響夜は「わかった」と言うように手を上げてみせた。かすかに烏丸の翼が揺れた。


「甘いっ!」


 烏丸は響夜に突っ込んだ。


「まず貴様から死ね!」


 響夜は防御に徹した。


「ハハハ……貴様の魂を喰らうてやる」


 蒸気の中、響夜は立ち尽くしていた。手を出すなと言う言葉を守っている。二宮は救おうと真っすぐに来た。


 二宮が連続で攻め立てた。

 打刀が限界だ。

 

「礼子、この俺を殺すのか?」

「あなたに人としての気持ちはないの?」

「むろんある。おまえと結婚して二人の世界を創る。それが人々のためになるんだ」

「急ぎすぎてる!」


 お兄さん……

 サヨナラ。


 礼子は間合いを詰めた。

 翼がはためいた。

 

 上っ!?


 首をつかまれた。


「俺と一緒に領地へ来い!」


 刀が折れた。

 ガツンと揺れ、二宮は地面に落ちた。

 響夜が烏丸の足首をつかみ、力任せにビオトープのモニュメントに投げつけた。

 翼がもがれた。

 金属音とともに夜が戻ってきた。


「結界が……」


 ☆☆☆☆

「逃げられたやんけ」


 響夜が呟いた。


「何やねん、おまえは」

「わたしは……」

「おまえ、死にたいんか?領地とやらに一緒に行きたいんなら」

「違う!この世を救いたい!」


 二宮は地面に呟いた。


「それならおまえが死んだらあかん。何やねん、今の攻撃は。自殺でもしたいんかと思うたわ」

「ごめん……」


 響夜は手を差し出した。二宮は恐る恐る握ると、半ば強引に引き上げた。


「ええか?おまえにどんなことがあったかはわからん。でも命を粗末にするな」

「……」

「わかったか?」

「うん」


 礼子は頷いた。


「ご褒美にラムネをあげよう」

「は?」

「手を出せ」


 手を出した。

 ラムネ二粒が手の平に転がる。


「食え。ラムネ知ってるのか?」

「知ってる」

「あかんときは俺を呼べ」


 響夜は、手の平で体の血を拭いた。拭いたのではなくて腕や足の血を撫でつけた。


「もっと強くならんとあかんで」

 

 おわり

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

豊秋津のものがたり へのぽん @henopon

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ