第二章 イッツ・リアリティ ①
各クラスでの朝礼が終わり、一時限目の授業がない教師たちが、職員室で雑談していた。
「そう言えば、夏休みに変な噂ありましたよね?」
慎太のクラス担任の女性教員が、後ろにいた男性教員——陸上部の顧問に声を掛けた。
「ああ、『恋人のドッペルゲンガー』のこと?」
『恋人のドッペルゲンガー』とは、夏休みにSNS上で聞かれた、怪談じみた噂話だ。
夜遅くに、恋人たちが歩いていると、突然肩を叩かれ、振り返ると隣にいる恋人と同じ姿の人物が立っていて、驚いているうちに、突然に姿を消すというものだ。
「あと、『思い人の幻影』てのもあったよね?」
恋人同士ではなく、一人で歩いていると、突然肩を叩かれて、振り返ると自分の好きな相手が立っていて……あとは先と同じ展開だ。
それ以上不幸なことは何も起こらないのだから事件とまではならず、ふと気が付けば、最近は聞かなくなった。
「こんな田舎でも、こんなことがあるんですね」
この怪奇現象は、この町だけで起こっている。この小さな地方都市は、二十二時過ぎたら駅周辺でも人影はちらほら見られる程度だ。ただ、八月だけで四、五件の投稿が、SNSで見られた。
「そうだなあ……って、どうかしたの?」
陸上部の顧問は、隣に座っていた教員に声を掛けた。この比較的イケメンな教員は気さくな性格でいつもなら気軽に話に入ってくるタイプなのに、何やら深刻そうな表情をしていた。
「い、いや、別に……あ、そうだ! 今度はカニだか、ザリガニだかの怪人を見たなんて言っているヤツがいましたよ。知り合いがそんな情報があったって教えてくれたんですけど……えっと、あ、これこれ」
そう言ってイケメン教員は携帯端末を二人に見せた。
「どうなってんだかね、世の中」
「最近は夜も暑いから、みんな変なもんでも見てるんですかね?」
「何なんでしょうね……ははは」
教員たちは顔を見合わせて首を傾げていた。
「でもホント、最近の異常気象の方がきつい! 残暑きつすぎ! 部活動やるのも誰か倒れないかひやひやだよ」
全くだと、みんなが頷いていた。
そんな教員たちの様子を、少し離れたところから教頭が見ていた。
教員同士が仲良く交流を持っているのは良いことだと、微笑ましくその光景を眺めていたが、その教員たちから少し離れた席にいる二年目の女性教員の様子も気になった。
何となく、話を聞いている素振りだが、輪に入ろうとする様子はない。別に交流しなければいけないものではないが、何となく輪に入りたそうな雰囲気が見て取れるため、気になったのだ。
「わたしも聞いたことがあるよその噂。カニの怪人は初耳だけどね。中川先生はどうですか?」
「へっ! いや、別にわたしは、別に、聞いたことはあまりないです」
だんだん声が小さくなっていく。
「ま、そんなもんか」
陸上部顧問のその一言を最後に、各教員は自分の机に向かった。
話をしていた三人の教員は、会話が途切れたことについて、特に何を気にした様子もなかったが、二年目の女性教員は自分の発言によって話を盛り下げてしまったと感じているようで、肩を落としていた。
(わたしの失敗だな)
教頭は自分の発言について反省していた。
(生徒だけじゃない、教員も、コミュニケーションの難しい時代になった)
二年目の女性教員は立ち上がると、そのまま教頭の横を通り抜けてトイレに向かった。静かになった職員室では、彼女の立てた椅子の音と扉を開け閉めする音が妙な余韻を残していた。
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