財布
@phaimu
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財布の中に入っていた、一枚の写真を線路に向かって捨てた。そんなに大きな写真じゃなかったけど、空気抵抗を受けながらひらひらと舞って線路に落ちた。
良く晴れた暑い夏の午後だった。営業の帰りでのどがからからで自販機でジュースを買おうと思ったのだ。電子決済でさっさと済まそうと思ったが残高不足。チャージするのも時間がかかるから財布から小銭を出そうと思ったのだ。ものぐさな性格のせいでレシートが大量に詰まっていた。整理しないとな、と思いつつ小銭を入れてジュースを買った。次の電車まで時間がある。時間を持て余していたのと、近くに誰もいなかったから、何の気もなしに財布にはいっていたレシートの束を見ていた。新卒で入社してからもう半年近くたつ。仕事が忙しすぎて、自炊なんてできなかった。コンビニ弁当のレシートばかり。自らの怠惰さをレシートが攻めてくるようで少し気がめいった。きらきらとした社会人じゃなくてもいい。人並みの幸せが手に入れば良いはずだった。でも、その人並みの幸せを手に入れるのがこんなにも苦しかったとは思いもよらなかった。
レシートを一枚一枚めくっていった。その内レシートの中身は学生時代によく言った中華屋のレシートが混ざり始めた。油がギトギトの中華料理屋。学生の時は気づかなかったが、社会人になってから一回いって、気づいた。とてもじゃないが一人で食べきれそうにない。学生のときには一度も残したことがなかったのだが、そのときは半分以上のこしてしまった。会計を済ますとき店主は不思議そうな顔でこちらを見ていた。
もう少しめくっていくと、写真が現れた。それはかつての親友との写真だった。彼とは大学一年生からの付き合いだった。多くの友達作りがそうであるように、たまたまクラスが同じになり、たまたま気が合った。ただそれだけで縁ができた。授業の合間に飯をともにするようになり、その内彼の家へ遊びに行ったりもした。二人とも順調に進級していった。だが、彼は大学四年のときに突然大学に来なくなった。理由を聞いたが、釈然としない。僕はどうしても納得できなくて、彼と言い合いになってしまった。それきり連絡がとれなくなった。写真は彼が大学に来なくなるより前のいつかの写真だ。もう、いつ取ったのかさえも覚えていない。彼以来親友と呼べる人間にはあっていない。気持ちにケリをつけたくなった。少し手が震えていたが、僕は写真を線路に放り投げた。そして写真は線路に落ちた。急行電車がやってきた。写真は線路の上。僕はじっと見つめていた。電車が通り過ぎるとき写真は空気圧で空高く舞い上がった。そして、電車が通り過ぎた。写真の後ろのホームに親友の姿があった。本来ならありえないはずと理性ではわかっていたが感情ではわかっていた。これはとても普通なことなのだと。親友はこちらに背を向けるとそのまま消えてしまった。宙をまっていたはずの写真もどこかにいてしまっていた。
僕は次に来た各駅電車に乗って、会社に戻った。百バーセントの快調な感じではなかったけど、少しだけ肩の荷が下りた気がした。
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