5)


 「よくわからないうちに、私は借金を作ったらしいんだよね。あの子たちに勧められて、一気にフォロワーが増える方法があるって教えてもらって」


 「君が熱心にやっているSNSの?」


 「うん。普通にフォロワーを増やそうとしても上手くいかないよね? みんな、やってるよ、って」


 「なるほど」


 「普通の人は、たくさんのフォロワーがいる人を、フォローしたくなるものだって」


 「彼女たちは友達か?」


 「うん。クラスは別だけど、よく話す相手よ」


 「あいつらは君を尾行してた。見張っていたというのが正確かな」


 「ふーん、そうなんだ。だったら友達じゃないのかもしれないね。でも騙される奴のほうが馬鹿だって考えるタイプでしょ?」


 「僕が? まあ、どっちかと言えば、そうだね」


 「被害者ぶりたくないんだよね、私も」




 「しかしそうも言ってられない。返済を迫られているんだろ?」


 「・・・うん」


 「返せないなら、良い仕事を紹介するぞって言われたわけか?」


 「まあ、そんなところね」


 「事務所がどうのこうのって言ってたな。あの女の子たちのバックに何者かいる。あの子たちだって、君を騙したりするのは不本意だったかもしれない。強いられて、仕方なく、かもしれない」


 「そうだね。実際、フォロワーは増えたし。有り難いことだったんだけど。けっこうな金額を請求されて。そんなにお金は払えません。もう、いいです、フォロワーを消して下さいって頼んだんだけど、もう買っただろ、って」


 「マジか」


 「ステーキを注文して食べた後に、やっぱり要りませんでしたは通用しない。それと同じだって言われて」


 「何だよ、その理屈」


 「絶対に返せって言われて。だから、お兄ちゃんからお金を借りられたらいいかなって思って」


 「なるほど・・・。しかしそれで脅迫するかよ、普通」


 「だってちょうどそのとき、お兄ちゃんが他の女と歩いてるところ見たから」


 「最悪の偶然が起きたのか」


 まあ、しかしその偶然のお陰で、こうやって今、天架とタクシーに乗っているのだけど。

 天架をホテルに連れ込みたい。隣に座っている天架を見ながら、そんなことを思う。

 Ⅽ子と入ったあのホテル。そこから出て、腕を組んで歩いているところを天架に目撃された運命のホテルへと。

 そしてこのまま、逃避行するのである。


 「ねえ、お姉ちゃんにあのことを黙っていてあげる。一生、絶対に話したりしない」


 「ようやく君に許して貰えたわけか」


 「浮気は最悪だと思うけど、人の夫婦関係に私が口を出すのは違うし」


 「当然だよ」


 「その代り、本当に私を助けてくれるの?」


 再び瞳を潤して、天架は尋ねてくるのだ。


 「助けてやるよ」


 「どうやって?」


 「さあね、まあ、一番シンプルな方法で。彼女たちのバックにいる男と、話しをつけに行く」


 「本当に?」


 「本当だよ。しかしこっちも君から何かそれなりのものを貰わないと」


 僕はこういうことを、けっこう平然と言えるタイプの人間である。だから、まあ、自分が善人でないことを知っている。

 かなりの長い沈黙の後、天架が口を開いた。


 「何かって何?」


 「さあ・・・、それは君が考えることだ」


 天架だってわかっているだろう。僕が何を欲望しているのか。わざわざ口に出して言うまでもない。

 彼女から進んで、それを差し出して欲しいのだ。そうあるべきだ。




 そのとき天架のスマホが振動し始めた。

 天架はスマホを取り出して、その画面を見ながら沈鬱な表情を浮かべる。


 「『何、逃げてんのよ』だって」


 「あの友達たちか?」


 「許してあげるから、今から来いだってさ。ああ、明日から学校、行くの気まずいな。しばらく休もうかな」


 でもあの子たちが家に押しかけてくる可能性だってあるよね。彼女は震えるようにつぶやく。


 「よし、今からあいつらに会ってくる」


 「え?」


 「代理人が行くから、その人と話しを着けてって返事をするんだ。君は家に帰ってろよ」


 「本当に?」


 「ああ、だからそっちもバックにいる大人を出せ、と」


 「ほ、本当に書くよ」


 「代理人よりも弁護士ってことにしたほうが良いかな。向うもビビるかもしれない」


 「え? お兄ちゃんが弁護士だって偽るの?」


 「しかし弁護士バッチも、法律の知識もないな。やっぱり代理人でいいよ。とにかく身内だってことは書くなよ」


 「うん」




 思えば、これまでの天架は僕をテストしていたのではないか。何かそんな気もしてきた。

 この男はタフな人間かどうか? 

 交渉事は上手かどうか? 

 世知に長けているかどうか? 

 つまり、自分を苦境から救い出してくれる男かどうかを試していたわけだ。

 だから別にたいしたことのない浮気の証拠を持ってきて、これを種に脅してきた。 

 もし僕が即座に彼女の言い値を払っていたら、逆にそのテストは不合格だったということだ。

 押しに弱い、弱者男性という判定を下されていたに違いない。

 僕が彼女の脅迫を撥ねつけたからこそ、彼女は少しずつ僕に近づいてきたということだ。

 いやまあ、彼女の代理人になることになったのは成り行きに過ぎない。というか、僕が提案したことである。別に天架が仕組んだ罠ってことでもないことのだけど。

 とはいえ、結果的にはそうなった。

 僕は指定された雑居ビルの二階に向かう。

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