3)


 スマホを無事取り戻すことが出来て、本当に心の底から安堵していた。

 そのせいか、夕食が美味しく感じて仕方ない。スーパーで買ってきた焼き鳥が並んでいるだけの手抜き料理であったが、それは炊き立てのご飯とマッチして、最高のディナーであった。


 いや、無事に取り戻したなんて言葉を使ったが、もちろんこのスマホに何か起きていることは明確であった。

 天架は僕からスマホを奪ったとき、何らかの工作をしているのは間違いない。

 何をしているのかも検討がついていた。

 しかし妻がいる手前、そのスマホの中をまだ見るわけにはいかない。きっと動揺がバレてしまうから。

 僕は世にも美味しいディナーを食べ終え、「じゃあ、風呂でも入ってくるかな」と独り言を言いながら、スマホを持ったまま浴室に向かう。




 天架の企み。彼女は僕を盗撮犯に仕立て上げようとしているわけである。天架が自ら、そう口にしたのだから確実。

 スマホを隠していた空き箱には、ちょうどカメラのレンズの辺りに穴が開いていた。天架の工作の痕跡に違いない。

 あの小娘のやりそうなことである。何せ、彼女は電車の中では僕を痴漢に仕立て上げようとしのだ。そのために彼女は僕に身体を押し付けてきた。

 それくらい身を削ってくる。とんでもない小悪魔なのである。盗撮犯などに仕立て上げるくらいお手の物。


 そんな悪辣なことをしてくる女が、そこまで僕のことを嫌っていないなんてあり得るのだろうか? 

 そんなことも思う。

 しかしだ。痴漢に仕立て上げるためにとはいえ、嫌いな人間に身体を押し付けてきたりするだろうか? 

 あり得ないだろう。僕から脅迫料をせしめるため、わざわざそのような手段を選ぶとは思えない。

 金は欲しいのだ。そのためには手段は選ばないことは事実である。

 しかし僕が嫌いで、嫌悪感を覚えているから、金を奪い取りたいわけではない。

 お金が欲しいという欲望がまず第一にあるとしても、そのために僕を困らせたって平気だと考えているとしても、別に憎んだりはしていない。

 多分、まあ、おそらく、そのはずである。


 とにかくお金。

 金なのである。そのためには何でも出来る。それが天架。

 しかし何がそれほど、あの娘をその欲望に駆り立てているのだろうか? 

 何か理由があるだろう。




 その問題は、今は横に置いておくとして。

 天架は盗撮犯に仕立て上げようとした。

 僕からスマホを盗んだ後、彼女の取った行動がそれ。


 まあ、盗んだのは偶然かもしれない。僕の背広のポケットに手を入れてみたらスマホがあって、バレそうにないから取っただけ。

 盗んでから、そのスマホの利用法を考えたのかもしれない。そして出した答えがこれ。盗撮犯に仕立て上げるという案。

 もしあのとき、帰宅してすぐに三万円を持参して、スマホの有りかを天架に問いただしていなければ、大変なことになっていたわけである。

 浴室にある盗撮用スマホを妻が見つけて大騒ぎというオチ。


 いや、しかし妻は喜んだかもしれない。自分が盗撮されているという事実に。

 彼女は妊娠しているこの期間、まるで彼女の身体に触っていない。

 そうであるから、我が夫はこのような歪んだ形であるが、私に性欲を向けてきたのかと勝手に納得して、けっこうニコニコするにかもしれない。


 天架はそのような女心が理解出来ていないのか? 

 そうは思えない。むしろ、この僕なんかよりも、自分たちの種族のことをわかっているだろう。

 つまり、そもそも妻の裸が盗撮の対象であったわけではないということである。


 妻の栗子が怒るときは、僕が別の対象に性欲を向けたときである。

 特に天架にとか。

 妻が脱衣所で僕のスマホを見つけ、その動画をチェックする。写っているのは自分の裸だけではない。

 天架の裸もそこに記録されているわけだ。

 それを発見して、初めて妻の怒りに火が着くのである。


 「もしかして最初から、このスマホの盗撮対象は、天架だったのかしら?」


 妻もバカではないから、それくらい即座に理解するだろう。

 天架は自作自演で、自分の裸を盗撮風に撮影していたのだ! 

 それが僕の推理。つまり、このスマホの動画ファイルの中には・・・。




 僕は一呼吸を置いてから、スマホのファイルをチェックする。

 これまで一つの動画も保存していなかったが、まるで撮った覚えのない長大な動画ファイルがそこにあった。

 これである。僕がやってもいない盗撮の記録。

 とにかく、再生する。

 やはりこの脱衣所が写っていた。まさに僕が今いる、この場所の映像。

 しかしその動画の最初のほう、一時間近くは無人の脱衣所が映っていただけだ。シークバーを飛ばしながら確認するが、無人の室内が延々と続くのみ。

 まるで人類が滅亡した後のような無機質な光景。何だ、この程度の映像なのかと諦めかけた頃、ある人物が脱衣所に入ってくる姿が映った。

 僕は慌てて手を止めて、その人物が脱衣所に入ってくる瞬間まで戻す。

 天架である! 

 ほらね! 

 やっぱり! 


 学校から帰ってきたばかりなのか、彼女は制服姿だった。

 カメラに映るその姿はかなり鮮明である。

 アンドロイドのスマホとはいえ、カメラの性能は悪くない。数億画素を誇る、さすがメイド・イン・チャイナの最新スマホ。

 少し奮発をして、高価なスマホを買って良かった。C子とハメ撮りするため、動画を奇麗に撮影出来るスマホを選らんだわけである。

 まあ、それはまだ実行にまで至っていないのだけど、しかし先にあの天架が、我がスマホのカメラの餌食になるとは! 


 いや、そんなことで喜んでいる場合ではない。

 明らかに天架は自分でこのカメラをセッティングした。そうでありながら、自分を盗撮のカメラに曝そうとしている。

 それもこれも僕を陥れるためなのだ。

 そのために自分の身体を張っているというわけだ。

 まあ、しかし、ここに彼女の裸身が映っているわけか・・・。


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