第21話 泥酔② ──結衣Side──

──結衣Side──


「どうしたらいいのかな……」


「どうしたらいいのかな……じゃないでしょ! あんたがちょっとでも好きなら好きって伝えて抱いてこいっ!」


「そ、そんなの無理だよ……っ!」


 結衣は高校からの友人である佐伯光さえきひかると居酒屋に来ていた。


「あんたはその結城さんって人が好きなんじゃないの?」


「そんなんじゃないよ、好きとかよくわかんないし……」


 透華が高校生である事実は隠して光に相談すると、そんな問いかけを投げられた。


「ふーん、ま、結衣は昔から告白とかも全部断ってたしね?」


 確かに学生の頃は、毎月のように告白された。しかし結衣にとって知りもしない男性から自分に酔ったような告白ばかり受けるのは恐怖に過ぎず、その時間は苦痛でしかなかった。


「でも一時期男性不信になったくらいの結衣が、一緒に住んでてしんどくならないなら、少なからず悪しからず思ってるんじゃないの?」


「そう、なのかな……?」


 確かに透華は今まで関わってきた男性のように怖くはない。透華は何とも言い難い、ふわふわするような感じであった。

 何だか安心できて、それは父に似ているからだと思っていたが、少し違うような気もする。


「いやー、ついに結衣が恋愛かぁ……」


 酒は強くないのでちびちびとグラスに口をつける結衣に対して、光は豪快にジョッキを空にしていく。


「だから、そんなんじゃないって……」


 結衣がそう言うと、光はだんっ、とジョッキをテーブルに叩きつけて言った。


「自分に正直にならなきゃだめだよ? もし結衣が心を許せそうな相手なら大切にしないとね」


「それは、そうだよね……」


 いつかは心許せる人と安心した生活を送りたい。それは結衣自身も考えていたことだった。


 しかし相手は高校生。しかも勤め先の学校の生徒。下手をすれば失職である。


「……好き、とかじゃないと思うんだけどなぁ……」


 誰かを好きになったことがないので、この気持ちが良く分からない。


 父が亡くなって以来、失意の母をサポートしたり、アルバイトで家計を支えたりと色々なことに取り組んできた。大学進学を機に一人暮らしを始めて早四年。その中で孤独を感じることもあったが、こんな形で破られるとは露ほども思いはしなかった。


 これほど安心させてくれる透華に対して抱いているのこの感情は何という名前なのか、考えても考えてもてんで見当がつかない。


(本当に、優しいんだよね……)


 過去に会ったことがあるといっても十年以上前の話。ほとんど赤の他人の自分に、透華は見返りも求めずに優しさを提供してくれた。


 最初はその優しさの裏に真っ黒な感情が潜んでいるのではと疑ったこともあったが、どうも透華が人を無作為に傷つけるような人には思えない。


「それにしても、ほんとに結衣って純粋だよねぇ」


「え、どういうこと?」


「普通、急に一緒に住むことになった男のこと好きにならないでしょ。そんなの少女漫画の中だけの話だよ」


 けたけたと笑いながら、光は結衣をからかった。


「まあ、本人たちがそれでいいならとやかくいうつもりはないけどさ? 結衣の審美眼は確かそうだしね。それでも気を付けるに越したことはないよ、オオカミさんかもしれないからねぇ、食べられちゃうかもよ? ……あははっ、なに顔赤くしてんのさ」


 透華がそんな人間だと思っているわけではないが、言われれば不意に想像してしまう。気づかぬうちに赤面してしてしまっていたらしい。


「もう絶対その人のこと、気になってんじゃん?」


 意識してしまった自分が恥ずかしくて、一気にグラスをあおった。


「ちょ、お酒弱いのに大丈夫なの?」


 ──大丈夫じゃなかった。



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