第12話 初めてのお料理

 ブロッコリーを一口サイズに切る。トントン、トントン、トントン。


「…………あの、そんなに見られると作業しにくいんですけど……」


 結衣が、じっと見つめてきていた。


「あ、すみません。私昔から料理が苦手なんですけど、人が料理してるとことを見るのは好きなんです。結城さんの料理って美味しいから、どんな風に作られてるのかなって見てみたくなっちゃって……」


 結衣は頰をかきながら言った。


「でも見られてたら作業しにくいですよね、どっか行ってま──」


「料理、やってみますか?」


「……いいんですか?」


 透華の手元を見つめる結衣の目から強い興味を感じ、考えるより先に口がそう提案してしまっていた。


「ええ、家庭料理は慣れですから。一緒に練習してみましょう」


 今は材料を切っているだけなので、料理が苦手だという結衣にも最適だろう。手を洗った結衣にまな板を明け渡す。


「ブロッコリーは切っちゃったので次は鶏肉ですね。一口大にお願いします」


 冷蔵庫から鶏もも肉を取り出して、まな板に載せた。


「よし、切りますね……?」


 そう言う結衣の面持ちは真剣で固い。不安げな面持ちのまま、すっと包丁が鶏肉に落とされる──ことはなかった。


「ちょっ! 指!」


 透華は結衣の右腕を掴み、動きを制した。包丁の下りる先に結衣の人差し指があったからだ。あと数瞬遅ければその白く細い指から鮮血が散ったであろうことは想像に難くない。


 いくら料理が苦手といっても自分の指の上に躊躇なく包丁を下ろすレベルの苦手だとは思っていなかった。あわや流血沙汰だ。


「ごめんなさい紅葉先生、怪我させてしまうところでした……。しっかり一から説明するので一緒にやりましょうか」


 出端をくじかれた結衣はしょんぼりしていた。


「まあ、まだ最初ですから、一緒に、ね?」


「……うん」


(うんって……)


 結衣がちょっとだけ子供になってしまったことはさておき、料理を再開していく。


「まず、包丁を握ります」


 万が一にも台所で指を詰められてはたまらないので、隣でしっかり見守る。


「左手は忘れずに猫の手にしてくださいね」

「ねこ……」


「そしたら、押すようにして切ります」

「切る……」


 次はきちんと包丁が入って、肉だけを切断することができた。


「できましたっ!」


 まだ一回切れただけなのだが、結衣は子供のようにはしゃいでいる。


「……なんで笑うんですか……」


 あまりの微笑ましさに勝手に笑みが零れたのが結衣にばれてしまった。

 子供を見るような目線であることに気付かれてしまったのか、僅かにむすっとした顔で視線を向けられる。


「いや、なんでもないですよ?」


「本当ですか……?」


 ばれると良くなさそうなので、ここはしらばっくれておいた。


「さっ、どんどんやりましょ。先生上手ですから大丈夫ですよ」


「はぐらかしてますよね? 昔から不器用だったので、料理ってすごく憧れだったんですよ……?」


「…………」


 純粋さが突き刺さってちょっと辛かった。




 ◇◆◇




 一時間後──。


「完成っ!」


 結衣が包丁を使うときは目を離さないように作業を中断していたので、いつもより少しだけ時間がかかってしまった。


 しかし、自分が初めて作った料理は非常に美味しいものである。その喜びを結衣にも噛みしめてほしいと思った。


「じゃあ食べましょうか」


「はい!」


 結衣を歓迎する料理のはずがすっかり手伝わせてしまったが、おめめがきらきら状態なので余計なことは言わずにおこう。


(本当に料理するのが憧れだったんだろうな……)


 美味しそうな匂いとしっかりついた焼き目が、嗅覚と視覚から食欲を大いに刺激してくる。


 食卓を整え、座って、手を合わせる。


「いただきます」


「いただきます! あっふいあっつい!」


 元気にそう言った結衣はぱくっとグラタンを頬張り、熱さに悶えてはふはふしていた。熱さのあまり涙すら浮かんでしまっている。


「ふふっ、ゆっくり食べないと火傷しますよ。はい、お水どうぞ?」


「いただきまふ……」


「どうですか、自分で作ったグラタンのお味は?」


「……熱くて、よくわかりませんでした……」


「ふふっ」


「笑わないでくださいよっ、恥ずかしいじゃないですか……」


 ちょっと俯き加減になりながら恥ずかしそうにする結衣は、大人びた容姿に反して子供らしく、なんとも庇護欲を誘う。


「紅葉先生って意外に子供っぽいところあるんですね」


「なっ⁉ 結城さんより遥かに大人の女性ですよ⁉」


「そういうところ、ですよ?」


 今日さんざん言われたことの意趣返しだ。


「どういうところですか……⁉」


「んー、例えば、お弁当めちゃくちゃ楽しそうに食べてたの見ましたよ」


 実は今日、結衣にも弁当を作って渡していた。朝渡した段階で嬉しそうだったが、保健室の前を通りかかった時に、にこにこでもぐもぐしていたのを見かけてしまった。つくづく作り手冥利に尽きる反応をしてくれる人だ。


「なんか私ばっかり恥ずかしいところ見られてる気がするんですけど……」


「全然恥ずかしいことじゃないですから、そのままの紅葉先生で大丈夫ですよ」


「馬鹿にしてませんか……?」


「いえいえ、とんでもない」


 ぷくーと頬を膨らませて不貞腐れる結衣と、夕食のひと時を過ごしたのであった。



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