隣席の少女が元カノだから目を離せない。

織江はるき

第1話 隣の席の人をよく知っている

結希ゆうき、あんたホワイトボード見てきた!?」


 季節とか、そういうものには風情を感じるわけではないけれど。去年とは少し違って見える桜の景色に、なんとなく目を奪われていた。


そんな私に、春休みを経て1週間ぶりに聞く、騒がしい友人の声がかかる。


「まだ見てない。ていうか、先に行ってる若菜わかなのほうがよく分かってるでしょ。第一、そんなにいてみるものでもないし」

「えぇ~!親友と離れちゃうかもしれない”今春最大のイベント”にドキドキしないの?」

「朝から騒々しい声聞かされたから、今は距離が離れてほしい寄りの気持ち」


 私のつっけんどんな態度によよよ、と分かりやすいウソ泣きをする友人。それを軽くジト目で見ながら、校舎へと足を進めることにした。


 私は葛西結希かさいゆうき。去年、とある村からこの市に引っ越してきて、この高校に入学した。早いもので、今日から2年生に進級する。


うるさいのは、親友の九条若菜くじょうわかな。長いウェーブした髪を明るく染めている。それで、はつらつとしたところが、いいところだと思う。


――まあ、今年も同じクラスになるかは知らないけど。


 校舎に近づくにつれて喧騒が激しくなってくるのは、玄関前に置かれたホワイトボードに貼り付けられている、やけに丁寧な手書きで作られた”クラス替え表”があるからだ。


 やれ誰が一緒だの、誰と離れただの、その日限定の悲劇をいくつもの塊が演じている様子をみてまぶしく思う。


 私はべつに、若菜と別クラスになろうがならまいがあまり気にならない。2年生から始まるコース別の授業は、去年にもまして教室の移動が頻繁だ。


 普通コースの私と、情報コースの若菜はそもそも休み時間以外に会うことはすくなくなるのだ。


 人ごみに少し気後れしていたら、私の目の前が手で隠されたようで暗転し、後ろから押してくる人間の操り人形になる。


 これは若菜の仕業だ。彼女は元気で加減を知らないから、目のあたりに当てられた手の力が痛い。


 膝裏にゴツゴツとあたる骨の硬さもげんなりしてくる。抱き着かれないために、リュックは後ろに背負って登校するべきだった。


「手の力、緩めて。あと手のひらを離して、押すのをやめて。最後に、私から離れてほしい」

「全部盛りで手順書みたい。結希のことだから、絶対人混みに入りたがらないだろうと思ってさ。ほらほら、出発しんこー」


 しぶしぶ掲示板まで連行される。人にぶつからないのは、周りに注目されている証拠だ。


 こんな状態で周りに配慮されている自分とその他1人が非常に恥ずかしくなってくる。


「目立つから、ていうか目立ってるからイヤ。絶対周りの人に見られてるじゃん」

「もとより結希は目立つ見た目してるでしょ。いいから、ほら見た、ほら見た!」


 急に手が離されたおかげで、目に入る赤と白の混じった光が差し込んできてまぶしい。遠く見えた人混みの森は、思っていたよりも短かったようだ。


 目を擦って、眉間あたりを少しつまんで。やっとピントがあってものにした視界を、上にずらしていく。そこには予想通りクラス替えの表があって、私の名前と、若菜の名前があって—―


 もう少し下に、よく知る名前があったのを見た。


「……やっぱり同じクラスだったんだ。朝からテンション高いしバレバレだよね」

「あちゃー、嘘がつけない性質たちだから、つい嬉しそうにしちゃった!」


 ナハ、と笑う若菜が続ける。


「葛西と九条で近いからすぐ見つかっちゃうもんね。無かったら別クラス確定だし、先生方もバラエティを分かってないなー」


 隣で話し続けている若菜の話に”はいはい”と相槌を返す。


 周りからみたら、私は普通の表情に見えるかもしれない。けれど、私はかなり動揺している。


 掲示された表で見た”あの名前”は、中学の時からよく見ていたし、よく“呼んでいた”、大切な人の名前だから。


 同じ高校へと進学したのは知っていたが、別クラスになったこととか、それ以外にも事情があって。話したかったのはやまやまだけど、機会が恵まれない、と今までの勇気がない自分に言い聞かせていた。


 

―――――――――――――――――――



 そんな運命のいたずらなんて、嘆いたってどうにもならないから。話をしながら新しい教室へと向かう。


 2年生の教室は前と違って階段を上るから、転びでもしないようにとそっちに思考を割く。


 そんな感じで余計なことばかり考えるから、脳みその中でその名前の占有率が上がる。


「—―ねぇ、聞いてる?」


 若菜がいぶかしげにこちらの顔をのぞいてくる。


「さっきからうんうんしか言ってないし、表情硬いし。新クラスに緊張する性格だっけ?」


 若菜の言葉が図星の心中をかすって、冷や汗がだらりと流れる。


「もしや今日は、結希の強がる姿をこの目に焼き付けられる1日になるって事?」

「うるさい、考え事。いつも通り。」


 若菜に悟られてしまうくらいには表に出ていたらしい。だけど、そこまで考えてしまうのには理由がある。クラスにその”女の子”がいるだけ、といった話ではないから。


 あの並び順で、クラスの人数で、席の配置で。何より、中学の時と同じシチュエーション。第六感みたいな、大層なものではない。けれど、感覚でわかってしまうものだから。


 最初から開け放たれている後方のドアをくぐって、教室に入る。黒板に書かれている出席番号をかこむ長方形が、席の並びを示している。


 私が教室の真ん中、若菜がその後ろ。1年の時と同じだから慣れたように席に向かう。そうしたら——


 肩まで伸びた亜麻色の髪。入学してから伸ばしたのを知っている、目が隠れるくらいの前髪。他の人は気づかないけど、知っているから見透かせる、それらに隠れがちな整った顔が見えた。


「ゆう、ちゃん」


 私の方を見てかすかな声を漏らす、私の元カノ、佐倉真冬さくらまふゆが隣席に座っていた。






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