第26話 side沖崎あやや

「ゆずめっ、みなさん!? そんな……!?」


 重傷を負い倒れ伏すゆずめ。意識のないクラスメイト達。


 少し目を離しただけでこの惨状になっていた。まだ一年とはいえ、彼らも私と同じダン高の生徒。探索者志望として、まだしばらくは余裕があった筈なのに!


『ははっ。もう残ったのはお前だけだぞ、沖崎ぃ? 油断するなよ? 気を抜けばすぐ他の奴らと同じ目に遭うからなぁ。まあ? 仲良く死にたいなら話は別だが』

「くっ! 正気に戻ってください、加堂さん……!!」

『俺は正気さ。だからこうして、お前達を圧倒できるん――だよっ!!!」



「きゃぁああああああっっっ!!!!!」



 触手の一撃。咄嗟に防いだものの衝撃は殺し切れず。

 私の身体は数メートルほど吹き飛ばされていました。


 とはいえ、吹き飛ばされるのはこれで二度目。


 一度目と違い今回は触手を視界に捉える事が出来た。加えてギリギリだが直撃を防ぐ事にも成功。結果。多少ふらつきはしたが、無事に着地を決める事が出来た。


『おお、すごいすごい。まるで芸を見てるみたいだ。サルの芸を』

「……加堂さんっ。貴方は、本当に――?」


 ――心の底からモンスターに変わってしまったのか。


 その問いに意味がない事くらい分かってる。


 ゆずめやクラスメイト達に攻撃を加えていた時の醜悪な顔。心から暴力を楽しんでいたあの顔を見れば、彼がもう引き返せない事くらい容易に想像が付くからだ。


 目の前にいるのはモンスター。加堂遼一はもう何処にもいない。


 それでも――っ!! 諦められる訳がない!


「加堂さん! 貴方は本当にそれでいいのですか!? 両親を見返すのが貴方の目標だった筈では!? こんな方法で、本当にそれが果たせると思っていると!?」


 いつか両親を見返してやる、と口にした彼を知っている。


 彼が加堂家で良い扱いを受けてない事は知っていた。だから気になって事情を尋ねた時、静かにそう言ったのは彼自身だ。いつか認めさせると意気込んだ当時の彼。


 モンスター化なんて、どう考えても間違った方法としか思えない。


『あいつらならとっくに殺したよ。俺自身の手でな!』

「なっ!? そんなっ。加堂さん、貴方は……っ」


 本当にもう手遅れなのか。血の繋がった家族を殺すなんて。


『ゴチャゴチャうるさい! お前はもう黙ってろォッ!!!』

「くっ……!? きゃぁああああああっっっ!?!?!?」


 鞭のようにしなる触手。上下左右からの攻撃。


 一本二本なら防げた。三本四本でも躱すくらいは出来ただろう。しかし触手の数は全部で十。その全てを攻撃に回されてしまえば、対処する事など不可能だった。


 一本対処に失敗。徐々に数は増え――最終的に全ての触手を喰らった。


「ぐっ……! ふぅっ」


『俺はお前が気に喰わなかった。沖崎。家族に愛され。周囲に認められ。真っ直ぐ夢に向かって突き進むお前の姿が、まるで俺が絶対手に入れられないものを見せ付けられているようで……っ! いつもいつも、妬ましくて羨ましくて、堪らなかった』

「加堂、さん……っ」

『だがそれも今日で終わりだ。俺はお前達を殺し、全ての未練に決着を付ける。加堂遼一という人間は死に、モンスターとして生まれ変わる! 最高の結末だろう?』


 そんな事ない。モンスターになる事が最高、なんて。

 そんな悲しい現実、あっていい訳がない……!


 そう言いたいのに……! 言葉が、出ないっ。


 さっきの攻撃。触手による連撃のダメージが大きすぎるらしい。加堂さんの言葉を全力で否定したいのに声を出す事すらままならない。掠れた音が漏れ出るだけだ。


『限界らしいな、沖崎。まあ無理もない。俺があれだけ攻撃を加えたんだ。むしろ意識がある事が素晴らしい。流石優秀な生徒は違うな。沖崎家独自のメソッドか?』

「…………っ」


 本当は今にも意識を失いそう。……なのだが、実は根性で耐えてるだけだ。


 探索者は帰還するまでが仕事。強力なモンスターを倒せても、探索中に命を落とせば全て無駄。故に重要なのは生還する事。探索者の資質で最も大事なのはそれだ。


 ――だから『沖崎家』では、対気絶訓練が徹底的に行われる。


 どれだけ過酷な環境に晒されても意識を失わないよう。例え死にかけていても冷静であれるように。ダンジョンで状況判断能力を失うのは、致命的な事だから。


「…………っ!?」


 拘束。触手に捕まる。そのままゆっくり上昇。


 逃れようとしても逃れられない。身体が限界で力が入らないのもある。だがなにより触手の力が強すぎる。身動ぎすら不可能。これでは逃げ出す事など叶わない。


『ふむ。この状況になっても生き残る術を――いや、勝機を探してるのか。未だに目が死んでいない。流石だ。仮にも俺が嫉妬した相手、探索者を育てるダン高の生徒。それくらい諦めが悪くないと。……だが悪いな。お前はここで終わりだよ、沖崎』

「――いい、え! 私はまだ、諦めないっ。実際に死ぬまでは、まだ……っ!」

『……驚いたな。まだ喋る体力が残っていたのか。もう限界だと思っていたがな』


 自分でも驚いてる。ボロボロな身体の何処にこれだけの力が、と。


 しかし今は都合がいい。この状況が何時まで続くのかは分からない。けれど己の意思を示す事くらいは出来る。武装貴族として、探索者としての、自身の意思を。


『だがこれ以上動くのは流石に無理だろう? 抵抗は辞めておけ。俺とて負かした相手を甚振る気はない。敬意もある。お前が大人しくするなら、楽に死なせて――』



「――いいえ! 私は武装貴族、『沖崎家』の娘。栄えある緋龍第一ダンジョン学園高校の生徒! 探索者を目指し、そして真に武装貴族たらんとする私が! この程度の苦境で諦める事など有り得ない……っ! 絶対に貴方を止めてみせるっ!!!」


 私は人である前に探索者。民である前に武装貴族である。

 どんな状況であれ率先して前に出て、先に屍を晒す者。


 背後に守るべき誰かがいる限り、私が諦める事は有り得ない。この鼓動が止まるまでは必ず守り続けてみせる。例えそれで死ぬ事になっても、後悔はしない!!!



『……ふん。そうか。そうだな。お前はそういう奴だったな。どんな苦境に晒されても武装貴族である事を忘れない、か。――ならその信念を抱えて死ね。沖崎。絶望的な状況になっても諦めない、信念の強さに敬意を払ってお前を殺す。さよならだ』


 ――束ねられた触手が迫る。きっと喰らえば一溜まりもない。


 さっき後悔はしないと考えたけど、やっぱり嘘。本当は沢山ある。


 ゆずめと一緒に行きたい洋菓子屋さんが最近出来たばかり。武装貴族としてお父様やお母様から学びたい事がまだまだある。目標だった探索者にもまだ成れてない。


 それに――桜江さんにこの想いを伝える事も、まだ。


「ごめんなさい。お父様、お母様。私は親不孝な娘だったようです」


 ゆっくりと瞼を閉じ、静かに終わり・・・を待つ。


 …………。


 ……………………。


 ………………………………。


 攻撃が、来ない? 訝しんだその時。


「きゃっ」


 突然、地面に投げ出される。

 受け身が取れず、お尻を強く打ってしまった。


「いたたた。一体なにが……?」


 目を開けるとそこには――



「よお。毎回ピンチになってるな、あややちゃん。助けはいるかい?」

「桜江さん……っ!!!」



 ――私の英雄ヒーローが立っていました。

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