第21話 side加堂遼一
「ふっ、ふっ、ふっ、ふっ!」
夜。美しい星空が天に輝く時間帯。加堂家の屋敷。
他に使用する者の居ない鍛錬場。音も無く静まり返ったその場所で。俺――加堂遼一は一人、設置した鍛錬用の木人形に黙々と握り締めた木剣を打ち付けていた。
――まったく。とんだ役立たずだな、お前は。
――そうね。私達を助けるのが遅すぎだわ。
――……申し訳ありません。父上。母上。
「…………っ」
木剣を握る手に力がこもる。
脳裏を過ぎるのは夕食時、両親と交わした会話。
――どうしてこれは出来損ないに育ってしまったんだ? 少なくとも長男と次男は優秀だった。ダン高に通っていた頃から幾つもの功績を挙げていたというのに。
――本当にね。育て方を間違えたのかしら? それともただ能が無いだけ?
――どちらでも構わん。これが役立たずな事実は変わらんのだから。……まったく随分と金と時間を無駄にさせられた。せめて費やした分くらいは取り戻したいが。
――あまり期待は出来ないわ。救助の際にも無様を晒したくらいなのよ?
――そのようだな。……おい。もうお前には何も期待せん。これからはただ、私達の指示に黙って従っていればいい。加堂家の恥を晒されるよりはマシだからな。役立たずの出来損ないが加堂家の繁栄に貢献出来るのだ。感謝して日々を過ごすように。
「っ。う、うぉおおおおおおおおっ!!!」
破壊音。辺りに木片が飛び散る。
気付けば俺は、木人形を破壊していた。
「はぁ、はぁ、はぁ。……くそっ」
……分かってるさ。俺が兄貴達よりも劣っている事くらい。
幼い頃より周囲から神童と持て囃された二人の兄。
今も尚、優秀な探索者として功績を上げ続ける兄貴達。
両親が二人を自慢に思うのは当然だ。弟の俺でさえ誇りに思う。あの二人さえいれば加堂家は安泰。少なくとも今後100年は絶対潰れないと確信出来るのだから。
……二人に劣る俺が除け者にされるのも、きっと当然の事。
だがそれでも俺達は家族。血の繋がった大切な身内だ。だから両親がスネークヘッドに捕まり、クラスメイトをダンジョンに連れてくるように命令された時。心苦しく思いながらも奴らの元へ沖崎達を誘導したんだ。……大切な両親を助ける為に。
なのに。両親は、あの二人は、俺を……っ。
「はぁ、駄目だな。集中出来ねえ。……少し休憩するか」
役立たずな上に鍛錬すらまともに出来ないとは。
……一体どんだけ無能なんだよ、俺は。
「おや、遼一様。このような時間にどちらへお出掛けで?」
「……コンビニ。すぐに帰ってくるさ」
「然様ですか。あまり旦那様方にご心配をお掛けにならぬよう」
出掛ける準備をしていると、年配の使用人と出くわす。
引き留められる事はない。掛けられる言葉も機械的だ。
義務的に声を掛けるくらいなら無視すればいいんだ。どうせ俺は両親にも使用人にも期待されていない。その方がお互い関わらずに済んで気が楽だろうに。
……はぁ。まあどうでもいい。さっさとコンビニに行こう。
深夜。人影一つ見当たらない時間帯。真夜中の公園。
ブランコを椅子代わりに。購入した菓子に手を付けながら、呟く。
「いっそ全て壊せれば、悩まずに済むのか……?」
己を苦しめるもの。苛むもの全てを破壊すれば。――きっと。
「――おやぁ? 何やら黄昏ている若者を発見。いけませんねえ、こんな人気のない時間にうろついては。ボクのようなわるーい大人に、見つかってしまいますよ?」
「あんたは……?」
暗闇から現れたのは――胡散臭い笑みを浮かべたスーツの男。
スラッとした長身。灰色の髪。琥珀色の瞳。紺色のスーツを身に纏い、頭の上にはハット。持ち手に髑髏が象られたステッキを突く、如何にも不審なその男。
怪しい点しかない男は、にんまり、と不気味に口角を吊り上げた。
「ボクは軍畑宗樹。ダンジョン教団に所属するしがない信徒の一人ですよ」
「ダンジョン教団……っ!? 教団の信者が一体何の用だ!?」
「まあそう警戒しないで。確かに教団に属する一部の方々がほとんどテロリストなのは事実です。ですが大半は教義を信じるだけの一般人。無論このボクもです。弁解の余地なく、ただ警戒されるのはとても悲しい。どうかボクの話を聞いてください」
“どうする?”動かない男を見張りながら思考を巡らせる。
確かに男が口にした事は事実だ。教団の信者全てが犯罪者な訳じゃない。その多くはダンジョンに関わる事なく生涯を終える、何処にでもいるごく普通の民間人。
軍畑宗樹と名乗った目の前の男が一般人の可能性は、十分に有り得る。
だが探索者の勘が警鐘を鳴らす。“この男の言葉を信じていいのか?”と。
確かに教団信者の大半が一般人なのは事実。だが同時に、一般信者に紛れて教団の強硬派が活動しているのも事実だ。安易にこの男の言葉を信じるのは危険極まる。
……それに笑みがあまりに胡散臭い。この男を信用する事は出来ない。
そう考えて――不意に、両親の言葉が脳裏に甦る。
――まったく。とんだ役立たずだな。
――育て方を間違えたのかしら?
「は、はは。そうか。俺は役立たずだったな。兄貴達と比べて、遥かに。役立たずな俺の勘が当たる訳もない。……ならこいつを見逃すのが正解、か。何もせずに」
再度ブランコに腰を下ろし、項垂れる。
「……悪い。帰ってくれ。今は誰とも話したくない気分なんだ」
「ふぅむ、なるほど。何やら深い悩みを抱えているご様子。見た限り青春真っ盛りの齢だというのに哀れな事だ。どうです? その悩み、ボクに話してみませんか?」
「……話してどうなるってんだ。何が解決する訳でもないだろうに」
「そんな事ありません。きっと力になれます。例えば“力を与えたり”とか、ね」
顔を上げる。胡散臭い笑みを凝視した。
力を与える……? なんだ、それは。
「改めて自己紹介をさせてください。ボクの名前は軍畑宗樹。ダンジョン教団『試練派』幹部、【死病のソウキ】です。今日はキミに、素晴らしい提案をしに来ました」
――ボクの手を取り、共に世界に破壊を齎しませんか?
「全てを壊したいと思ったのでしょう? 否定するばかりの周囲をぐちゃぐちゃにしたいと思ったのでしょう? それは決して悪い事じゃない。ボクならその為の力をキミに与えてあげられる。キミの心を踏み躙る者達に思い知らせてやりましょう」
「……そうだ。俺は、あいつらを――っ!」
「チャンスはこの一度だけ。提案するのは今回限りですよ?」
悪魔のように嗤う男。軍畑宗樹。
差し出された奴の手を、俺は――
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