第29話 『奪い返してやる』

「──あんたに飽きたんだよ」


 彼の冷たい言葉が頭の中で何度も反響する。


 浮気現場を問い詰めたときのあの冷たい態度、呆れるような表情……思い出すたびに悔しさがこみ上げてくる。

 でも、彼はもう私に興味なんて持っていなかった。


 しかし私そんなこと、とうの昔に気づいていた。

 しかし日々の一時の安らぎに甘んじて、そこから目を背けていた自分が情けない。


 そして彼からこっぴどく振られたその瞬間、心の中で何かが崩れた気がした。


「どうでもいいや……もう」


 自分が大事にしてきたもの、プライド、その他もろもろ──すべてがくだらなく思えて来た。


 あれから数日、家に閉じこもってぼんやりしている時間が増えた。


 けれど、ふとした瞬間に思い出してしまうのは、やはり元カレの桜庭柊斗の顔だった。


「柊斗……」


 彼と別れたのは、彼のオタク趣味がどうしても受け入れられなかったからだ。


 真面目だけど退屈で、なんだか物足りなかった。だけど、あのときの柊斗はいつだって優しかったし、私の話を真剣に聞いてくれていた。


「……優しかったよね、あの頃は」


 今さらそんなことを思い出している自分が滑稽だ。


 でも、あの優しさをもう一度手に入れられるなら──そう思った瞬間、胸の奥から一つの感情が湧き上がってきた。


「奪い返してやる」


 自然と口から出た言葉だった。

 彼が今、誰かと付き合っていることは知っている。

 相手はギャルっぽい派手な子だった。

 紗良さん、とだけ知っている。

 そんな派手な子と、柊斗が本当に合うのだろうか。


「どう考えたって、私のほうが柊斗にふさわしい」


 私はそう確信すると、体が自然と動いていた。



 


 ******



 


 放課後、私はコンビニに寄ろうと学校の門を出たところで、突然声をかけられた。


「──ねえ、紗良さん、だっけ、ちょっといい?」


 振り返ると、見知らぬ女子が立っていた。

 いや、どこかで見たことがある……あ、麗華さんだ。

 柊斗くんの元カノだと話に聞いたことがある。


「えっと……何ですか?」


 突然のことに戸惑いながらも返事をすると、麗華さんは微笑みを浮かべながら近づいてきた。


「ちょっとだけ、話せる?」

 

 どう見たって彼女の誘いは怪しい。しかしここで断ってしまい、柊斗に被害が加わるのはなんとしても避けたい。私が面倒事……面倒なことかは分からないけどそれを引き受けて柊斗が無事ならそれでいい。

 

 ──と、この時の私はそう思っていた。

 相手のターゲットが元から自分に向いていた、なんてことは知らずに。

 

 人気の少ないカフェで向かい合う形になった。


「突然ごめんね、紗良さん。実は、柊斗のことで少し気になることがあって……」


「柊斗くんのこと?」


 まぁ、そのことしかないか。私は警戒しながら聞き返す。


「うん。柊斗って真面目で優しいけど、結構デリケートなところがあるじゃない?」


「……ま、まあ、そうかも」


 妙に納得してしまいそうな言葉に、心のどこかで警戒心が薄れていく。


「それでね、私、ちょっと心配してるの。柊斗、オタク趣味が強いからさ……そういう派手な子って苦手なんじゃないかなって思うの」


「えっ……」


 思わず言葉を失った。

 麗華さんはそのまま続ける。


「だってさ、柊斗って昔から、清楚で優しい子が好きだったし、オタクな部分を理解してくれる人が一番だって言ってたから」


「……そ、そんなこと、ないよ」


 私はかぶりを振って否定した。虚勢を張った。

 だけど、時間が経つにつれて今聞いた麗華さんの言葉が頭の中にじわじわと染み込んでくる。


「本当にそう思う? 私、柊斗と付き合ってたからわかるんだよね。あの子、意外と繊細だからさ、本音はどうなんだろうね……」


 そう言いながら微笑む麗華さんの顔が、なぜか妙に自信に満ちて見えた。

 そう言われてしまえば私だって柊斗と幸せな時間を過ごしている、そんな自信はあるものの、柊斗と麗華さんが積み上げてきた時間の方がまだ多いし、それが無に帰する、なんてことは無い。


「──それじゃあ、よく考えた方がいいかもね」


 その言葉がお開きの合図になった。


 話が終わってカフェを出たあとも、麗華さんの言葉が頭から離れなかった。


『派手なギャルみたいな子って苦手なんじゃないかな』


 そんなこと、あるはずがない。最近だって柊斗は私の好きな物を理解しようと頑張ってくれた。

 お互いがお互いのことをしっかりと思いやれている。そう思う。──そう思いたいのに、心のどこかでさっきの麗華さんのその言葉が引っかかる。


 柊斗は、私と一緒にいるとき、いつも楽しそうにしてくれる。

 でも、本当にそれが本心なのだろうか。虚勢を張ったりはしていないだろうか。背伸びしてる気持ちになっていないだろうか。

 


「柊斗にとって、私は……」


 自分でも止められない疑念が湧き上がり、胸の中がモヤモヤとした不安で満たされていく。


「信じたいけど……どうしても、全部を信じ切れない」


 私の葛藤は家に帰り眠りにつくまで続いた。




 ******




 

 一方で、麗華は別の場所でひとり、次の策を考えていた。


「紗良さん、あの顔……揺れてたな」


 柊斗の隣にいるのが、あんなギャルの子でいいはずがない。そう確信した麗華は、さらに彼女を揺さぶるための手を打とうと決意する。


「柊斗は、やっぱり私に戻るべきだってこと、教えてあげるんだから」


 そう呟いた麗華の目には、どこか狂気じみた執念が宿っていた──。


 

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